
■読者のページ〜2004年4月〜
前回は千葉港のシンボル、ポートタワーの前の干潟を紹介しました。この時期はまだ水が冷たいのですが潮干狩りをする人を見かけるようになりました。今年はたくさん獲れているようです。鋤簾(じょれん)を使って貝を採っている人もいますが、道具を使っての貝の採集は禁止されていますので、やめていただきたいと思います。自然はみんなのものです。貝は買ってもそう高いものではありません。どうか人の手でよみがえった小さな干潟を大切にしていただきたい物です。
これまで私は千葉港というのは、JR京葉線「千葉みなと駅」の辺り一帯の港だと思っていました。
遊歩道に釣り竿を持ったおじさんがいました。今はあまり釣れませんが、夏にかけてはフッコ(スズキの幼魚)が釣れるそうです。そのおじさんは自転車でいなげの浜や浜野まででかけることもあるそうです。「千葉港から見る富士山はきれいだよ」と教えてくれました。 岸壁には一般の人は立ち入りできませんが、ちょっとのぞいてみると、臨海派出所には消防車のほか消防艇が待機しているのが見えました。大小さまざまな船が行き交う港はとても活気があふれています。海から港を探検するには「港めぐり」の観光船が出ています。県立美術館の裏に乗り場があります。毎日出航していますので、是非一度海から巨大な千葉港をご覧になってみてください。きっと新しい発見がありますよ。 千葉港についてのくわしいお話しは千葉港のホームページをご覧になってみてください。千葉港で水先案内人(パイロット)をされている吉岡孝典氏が情報を提供されています。海のプロのお話です。興味深い最新情報満載ですよ。
先日、読売新聞の京葉版に館山の沖ノ島遺跡のことが載っていました。昨年6月の「海からのおたより」で紹介したように、沖ノ島の砂浜にはイルカの骨が埋まっている場所があります。昨年行われた安房博物館と千葉大の協同発掘調査では縄文時代中期(約8000年前)の土器、黒曜石のやじり、イルカの骨、焚き火跡などが出土しました。縄文初期から1000年ほどその付近でイルカの追い込み漁が行われていたと考えられるそうです。今年秋に二次調査が行われるとのことで、また発見があるかもしれません。
昨年12月26日から今年1月6日までベトナムに行ってきました。昨年7月より娘が青年海外協力隊の一員としてベトナム中部の都市フエに2年間の予定で派遣され、村落開発普及員として働いているため、訪問することにしたのです。初めての一人旅でドキドキ、ワクワク、ハラハラしながらでしたが、無事帰ってきました。飛行機では偶然にも往復とも商談のためにベトナムへ行く日本の会社の人々と隣同士でした。
フエは1月1日の朝まで滞在し、その間、娘がホームステイしている家のご家族とお会いしたり、職場の人民委員会経済局を訪問したりしました。友人のご家族はなんども食事に招いてくれ、案内もしてくれました。温かい心遣いはとても嬉しかったです。良い人々に囲まれて娘が暮らしている様子を感じることができて安心しました。 グエン朝の王宮めぐりやホイアンへの一泊旅行をしたり、市場をのぞいたりして観光もしっかり楽しみました。フエは思いのほかヨーロッパからの観光客が多かったようです。街中ではいくつかインターネットカフェがあり、子どもたちや観光客でいつも満員でした。娘もここを利用していました。 ベトナムの人々は親しみやすく小柄で太った人はほとんど見かけませんでした。言葉はほとんどがベトナム語で、町の看板などは英語で書かれているものが少なく、私には全く分かりません。アルファベット文字にアクセント表示が付いているのです。その中でも漢字を見つけて中国の影響を感じました。観光地のガイドさんの、ベトナム訛りの英語が頼りでした。 ベトナムは南北に細長い国で、歴史的にも南と北に分断されていた時代もあるので北のハノイと南のホーチミンではかなり異なる言葉を話すようです。フエも訛りがあり、すぐに出身地が分かるようでした。今回は娘と一緒でしたのでとても助かりました。青年海外協力隊の語学訓練には感謝です ホーチミンには5日間滞在し、その間にバスを利用した“メコンデルタ一日ツアー”と“クチトンネル半日ツアー”に参加しましたが、連日猛暑でした。ここでは四季はなく雨季と乾季があるだけで、お米も年に3〜4回収穫できるそうです。水を張っただけの水田と青々とした水田の両方を一度に見ることができました。 ホーチミンの都市部では大きなヨーロッパ的な建物が多く、観光名所がたくさんありますが、ベトナム戦争の傷跡や文化財の保存が不十分な状態にあることを知りました。「戦争証跡博物館」ではベトナム戦争の取材などで亡くなられたジャーナリストの写真の展示コーナーがあり、沢田教一さん他数名の日本人の名前を見つけました。
社会主義の国ベトナム。貧富の差がある国。日本人に親しみを持つ国。これから日本経済の鍵となる国。おいしい食べ物の国……。娘のおかげでずいぶん近い国となりました。この次は『ベトナム周遊の旅』のようなパック旅行で、今回行けなかったハノイなども訪ねてみたいと思います。
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