■えるふ流読書法〜2003年4月〜
私が育った雪国の山々は4月から5月にかけてが一番美しい。
新緑というより小さな芽が膨らんで山全体がぼーっと薄緑のベールがかかり霞んだようになる。厳寒の中、雪が降った後の冷たいつきぬけたような青空の下で白く連なる山々も美しいが、春を迎 えた季節の陽がキラキラと踊るさまの中で生命が一斉に背伸びをしていくのも美しい。
春は雨さえ柔らかい、風が暴れまわつても雨がなだめてくれ、陽の光が樹木に声をかけてくれるものだから、目を覚ました樹木は大地から命の水を吸い上げる。黒々とした幹に耳をあてるとその音が聴こえる。生家の前に中学校があり、昔の学校の校庭にはかならずポプラの木が植えてあった。ポプラの木は根が浅いので大風で倒れやすく植えるのを止めたとか、これはもう記憶が定かでないが父が話していたと思う。
ポプラの木は歌をうたう。風が吹くと葉がさらさらと鳴って涼しげな歌声を響かせる。小さな子どもたちがうたっているようで、ポプラの木は学校に相応しい木だと思ってい
た。小さな城下町の中心近くに家があったので、山へでも行かなければそんなに大きな木はなかった。桐に紅葉や桜、そして柿、梅、桃、杏、いちじくなど実の生る木が多かった。どこの家にも何本かはあって、子どもたちの貴重なおやつになった。当然、昆虫や蝶やかえるや鳥たちも集まってきて、軒下にはこうもりや蛇までいて共存していた。
後年、夏の夜は螢を蚊帳の中にはなして遊んだといったら、東京の友だちに“あなたの家はずいぶん山の中にあったのね”等と言われてめんくらってしまった。
『ケルトの木の知恵』ジェーン・ギフォード/文・写真 井村君江/監修 倉嶋雅人/訳 東京書籍を読んだ。以前『ケルト木の占い』マイケル・ヴェスコーリ/著 豊田治美/訳 NTT出版を読んでいて、これと同じような本なのだが、こちらは大型本でカラーの写真がたくさん入っている。(木の本では『木々を渡る風』小塩節著 新潮社という愛読書がある。)ケルトの木の暦については前書の方がくわしく書かれているが、地域によって少しずつ違うようで、この二つの本の木の暦はかならずしも同じではない。
ただ古代ケルト人は木も含めて自然は生命あるものすべてをさし、すべてが繋がって一つの世界になっていると考えていた。現代の私達はこの原点に立ち戻らなければ、闇だけで光のない世界で生きていくことになることをもっと考えなければならないと思う。
今度翻訳出版された『ゲド戦記」』は痩せた身体に古ぼけたマントをはおったハンノキという名の男がゲドを訪ねるところから始まる。この巻では彼は重要な役割を負っている。
ハンノキ(日本では榛の木)はケルトの神ブランのトーテムの木でブランのトーテムの鳥はワタリガラス。(故写真家星野道夫はワタリガラスの伝説を追って途中で事故にあった)<ハンノキは、力と勇気は寛容と思いやりと一体であるべきだと教えているのです。『ケルトの木の知恵』P46から>ハンノキは根粒菌で荒れ地を豊かな沃土にかえる木でもあり6000万年以上も前から生き続けている木とのことである。
『ケルトの木の知恵』
ジェーン・ギフォード/文・写真
井村君江/監修
倉嶋雅人/訳
東京書籍
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『木々を渡る風』
小塩節著
新潮社
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