■えるふ流読書法〜2002年11月〜
ここ毎日のニュースで大きな話題は、いわゆる拉致事件のことだと思います。
仕事柄 もあってなるべく毎日新聞は出来るだけ丹念に読むようにしているのですが、意志を強く働かさないと記事を読むのがつらくなります。5人の日本人がまるで神隠しにでもあったようにいなくなり、24年もたって帰ってきた、それぞれ家族がいる、まだ解らない人がたくさんいる、一体どういうことなのか?
でも私はこのことで日本人であるという自分のことも少し考えてみました。わたしは時々民族とか、国とか、歴史とかが書かれている本を読みます。特に外国の小説のなかにはそのことが主人公の自立とか、成長、家族などといっしょのテーマにされて書かれていることが多いのです。
以前とりあげたハミルトンは多民族国家であるアメリカの作家ですから解るとしても、サトクリフはイギリスの作家なのに理解しがたく感じます。でも何冊か読んでみるとイギリスの歴史にゆきあたることが解ります。日本はどうなのでしょうか?
なんとなく日本は単一民族のような意識があり、また、歴史の教育の中でも取り上げられることが少ない。この事件は日本人ということの意味を考えさせてくれました。私達はお隣の海一つへだてただけの朝鮮半島について恥ずかしいことですがほとんど知らない、学校教育の中でもアジアの国々の歴史はほとんどと言ってよいほど教わってこなかった、そのくせ偏見だけは心の中にもっているといってもいいと思います。
朝鮮も中国にも日本は自分の犯罪を認めていない、謝罪すらしていないのです。それにしても国家は無情です。このニュースの中で心に刺さった言葉があります。横田滋さんの“犯人への憎しみが心の支えになってきた”ということ、蓮池さんが友人に語ったという“24年間自分は自分なりに生きてきた”という言葉です。
それに曽我さんの夫と子ども達が日本にいく彼女を飛行場に見送りにきていたということも、あとの2組が日本人同志の結婚なのだけれど、この曽我さんは家族構成が違っている、残った夫と子どもはもしかしたらもう再び会えないかもしれないと思っているのではないかと感じます。
もしかしたら北朝鮮の家族たちは逆に日本に拉致されたように思って いるかもしれません。それに横田めぐみさんの子どものキム・ヘギョンさんの“お母さんは日本人でも育ててくれた、お父さんは朝鮮人です。それなのにどうして日本にいけるでしょう。”という言葉もあまりにもつらい話でした。その言葉の意味を私達は考えなければならないと思います。
以前詩人の茨木のり子訳/編をしているので読 んだ「韓国現代詩選を再読しました。その中に洪允淑という詩人の「人を探しています」という詩があります。その詩は『連絡をおねがいします 懸賞金はわたしの残った生涯すべてを賭けます』と結ばれています。韓国だけでなく北朝鮮の文学者や詩人の声を聴きたいとおもいます。
『韓国現代詩選』
茨木のり子 訳編
花神社
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『ネギをうえた人』
朝鮮民話選
金素雲 編
岩波少年文庫
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この本は私が持っているたった1冊の北朝鮮の絵本です。
(私には読めませんが)
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