■えるふ流読書法〜2002年9月〜

マヤ・ヴォイチェホフスカ 6月13日米ニュジャ−ジ−州で死去 74才(魔の74才です)死因は不明。そんなわけでこの夏にこの作者の本を読み返してみました。

65年にニュ−ベリ賞を受賞した『闘牛の影』68年に出版された『LSDー兄ケビンのこと』自伝的小説といわれた72年の『夜が明けるまで』の3册です。(いずれも岩波書店刊)

『闘牛の影』は有名な闘牛士を父親にもった少年がまわりの期待に抵抗しながら医者になろうと決意する物語で、『LSDー兄ケビンのこと』は一家の誇りだった青年がやはり回りの期待につぶされそになって、麻薬に手をだし自分をなくしてしまいそうな兄を弟ジミーの立場から描いています。

舞台の67年のアメリカは人種差別反対闘争、暴動、そのなかでヒッピーなどが溢れかえっていました。この作品の弟が兄に対してもっている尊敬とあこがれの気持ち、これは『夜が明けるまで』の主人公マヤが兄ズビシュクに対しての思いと同じものがあります。

かといってこれらの作品は単なる兄弟物語、家族物語ではありません。まして社会の中の反体制的な話でもありません。思春期の一人の若者の自己との葛藤、自立、愛そして敗北、さまざまな苦しみのなかで成長していく物語と読めそうです。

特にマヤは強烈な反抗心と自意識をもっている個性的な少女です。マヤ・ヴォイチェホフスカはポ−ランド人です。39年第2次世界大戦が始まると同時にポーランドを脱出して、42年にアメリカに渡りました。その時の亡命生活を書いたのが『夜が明けるまで』で、この本は開戦の日からこんな言葉で始まります。

〜その日もいつもと変わりなく始まりました。〜

けれどこの少女のおとなを見る目は非常に厳しく、そしてポ−ランド人としての誇りを持ち続けようとします。誇りを脅かそうとするものには存在をかけて戦いながら生きていきます。

12才のマヤ、12才のマノロ、16才のジム。27年生まれのマヤ・ヴォイチェホフスカは戦争の終った45年には18才、今でいうと戦争のさなかに中学から高校生の一番多感な青春期を送ったことになります。

戦争はだれをもみじめに破壊してしまいますが、戦争だったからこそ厳しく突き付けられた事も多かった、それはいやでも自分をみつめるか、豚か羊になって何も見ようとしなくなるかのどちらかだったともいえます。『LSDー兄ケビンのこと』では戦争と置き換えられ麻薬の事が取り上げられています。

若い人達の人格をも破壊してしまうもの 麻薬、現代は何になるでしょうか?それすら分からない見えない時代になっています。こんなふうに書くと暗い不安な作品に思えるかもしれませんがケビンにこう言わせてます。

〜おれは天才なんかじゃない!特別な人間でもない!ただおれは今なれる人間になりたいとおもっている。そして、それにはおまえの助けがいるんだよ。〜

そして弟ジムはこう言います。

〜人間としてちゃんとやっていけるかどうかは、僕が身をもって証明してみせなきゃならない。だれの力も借りずに、ひとりで。〜

残念ながら『闘牛の影』も『夜が明けるまで』も旧少年文庫版で今は手に入らなくなっていますが、ぜひ新版の中に入れてほしいと願っています。



『闘牛の影』
マヤ・ヴォイチェホフスカ作
渡辺茂男 訳
岩波書店

『LSDー兄ケビンのこと』
マヤ・ヴォイチェホフスカ作
清水真砂子 訳
岩波書店

『夜が明けるまで』
マヤ・ヴォイチェホフスカ作
清水真砂子 訳
岩波書店