■えるふ流読書法〜2001年8月〜


今年の天気予報は大当たり、暑い夏になりました。その暑い中をせっせと本を読みました。いつもの7月は課題図書があるので児童書の刊行は少ないのですが、近年課題図書の売れ行きがひところ程でなくなったためでしょうか、小学生から中学生向けの新刊出版点数が多なっています。

それに『ハリー・ポッター』の3巻が7月12日に発売になった影響だと思いますが類似書がワッと出されました。“この暑いのに、まったく!”とぼやきながら仕事、仕事とせっせと読むことになってしまいました。なんと言っても読まないことには何も始まりません。何も解りませんし言えません。

ところで、本の帯にファンタジーと書かれているこれらの本には共通点があります。

1:物語が長い、つまり、本が厚い。一番薄い本でもP225です。
2:1冊ものでなくほとんどが3部作、また、それ以上。
3:不思議とイギリス発が多い。(『ローワンと黄金の谷の謎』はオーストラリア『ネシャン・サーガ』はドイツですが。)ファンタジーの故郷はイギリスだからでしょうか?
4:話の運びが速く、魔法使いや超能力者、異形の者が登場。
5:悪と戦う場面が非常に多い、しかもゲームのように戦う。
6:映像的で特撮映画をみているよう、特撮映画にしたらおもしろい?『崖の国物語』の帯にはイギリス書評よりとしてトールキン……の伝統を汲むと書かれていますし。『レイチェルと滅びの呪文』の帯には『ナルニア国物語』を連想させるようなと書かれています。

けれど、『指輪物語』にしろ『ナルニア物語』にしろ、確かに冒険の話ですが、何と言っても壮大なゆったりした時間が全編に流れています。悪との戦いにしても次から次へと悪らしきものが出てきて、やたらめったに華々しく魔法合戦をするわけではありません。悪にしたって単純に決められません。人間の営みはもっと深くそんなに単純なものではありません。こう超スピードでは物語の中に入ってひとつひとつ自己確認をし、成長していく時間も空間もありません。

そう!それは丁度テレビを見る様なのです。『ダレン・シャン』にいたっては吸血鬼になりたくない少年が友達や妹をかばって吸血鬼になってしまい、それをその友達が(この少年のほうが吸血鬼になりたかった)怒りと恨みから主人公を抹殺しようとする物語で、非常に後味の悪い本でした。

『ハリー・ポッター』などは世界中の子ども達に読まれていると先日のテレビで放映されていました。映っているイギリスの子ども達は日本でいうと小学生位でしょうか?調査されているわけではありませんが、店の様子、仲間の人や図書館での様子からするとどうも一番読んでいるのは若い人、若い親のようです。生まれた時からテレビを見て育ってきた世代、ゲームに夢中になっている年令層と一致するように思います。

どんどん読み捨てられる時代の生み出した現象でしょうか?それらの本が時を超えてどう残っていくか、解るのはまだまだ先のことです。