■えるふ流読書法〜2001年2月〜


時々夜中に目が覚めて、朝まで眠れない時がある。かと思うと、なかなか寝つかれなくてウツウツとしながら朝を迎えてしまうこともある。昔から、あまりたくさん眠らなくとも良かった人だった。というのは集中して眠ることが出来たからだ。今は眠ってはいるのに寝不足の気がするのはウトウトする様に眠るからだと思う。

「お前も年老ったということだ。」と言う父の声が聴こえる。そんな時は思い切って起きて、本を読んだり、音楽を聴くことにしている。

谷川俊太郎は早くから自作の詩を読む活動をしていた。音楽家と一緒に詩を読んだり、トークの時間を持つことも多い。会留府では10周年、20周年と作曲家の林光と一緒に来てもらい、楽しい時間を過ごした。(ちなみに30周年にも来てもらう約束がしてある。)20周年の時は参加者の半分近くが子どもで、とっても楽しい時間が持てて、彼等からも喜んでもらえたし、私も嬉しかった。

最近、谷川俊太郎は『マザー・グース・ベスト 朗読CD』を出した。(本は今まで出版されていたのを3冊のコンパクト版にした。)とても面白い。始めに原詩の朗読、そして歌、イギリス人のステュウット・A・アトキンがユーモアいっぱいに語ってくれる。原詩には韻がしっかりあるためだろうか。とてもリズムがあり、私たち日本人には良く意味が理解できない(?)マザー・グースだが、むしろそれだからこそ素直に音楽を聴くように楽しめる。次にその同じものを谷川俊太郎が自分の訳で朗読する。韻を踏むかわりに日本語としての言葉のリズムを意識して訳している。

詩人は自由に言葉を操る。詩を読んでいると(目で読むため)言葉の意味を考えてしまうが、それが耳で聴くとずっと言葉が軽くなり、意識から解放される。これは子どもが昔話を聞いたり、絵本を読んでもらったりする時の気持ちと同じものだろう。

物語と違って、詩はあまり長くなくて良い。まして自作の詩や訳詞となれば、詩と詩人の間のフィーリングがぴったりするのが良い。その詩があまり意味を持たないもの、それでいて十分楽しめるのも良い。間に入っている谷川賢作の音楽は硬質で、少し非現実的な空間を持った不思議な音のつながりで、それも楽しい。時間は全部で71分、66曲収録されている。

昔、目を悪くした母が音楽を聴くように長岡輝子朗読の宮沢賢治のカセットテープを聴いていたのが思い出された。「方言は解らなかったけど楽しかった。」との感想だった。その母が亡くなって6年になろうとしている。