■えるふ流読書法〜2001年1月〜


絵本は画集でもなければ、本を読みやすくするためにさし絵を入れるだけのものではないということを、改めて気づかされたことがありました。絵本は絵を読むものです。けれど1枚の絵を読むのとは違って、絵が動いていきます。ページをめくるということ、そして文もまた、その役割を担います。

その2つは、幼い子どもならおとなにめくってもらったり、文を読んでもらったりするので、耳で聴くことになりますし、おとななら目で聴く(?)ことになります。

選書をする時に私は両方つかいます。まず、絵をゆっくりとみる、次に文を声を出して読みながら絵をみていきます。こんどは絵をゆっくりみるのは同じなのですが、文も声を出さないで、絵を読むように読んでいきます。

『せかいはいったいだれのもの?』〜トム・ポウぶん ロバート・イングペンえ 小川仁央やく 評論社〜を読んでいました。絵は大変気に入りました。いろいろの動物も人も、とてもリアルで絵を通してそのものの鼓動が伝わってきます。ところが、クマと鹿が描かれているページ、文はこうなっています。

とうみんから さめた クマのこが ママぽんぽん の下から かおをのぞかせて ききました。

ママぽんぽん……すっかり興ざめしてしまいました。絵がリアルなクマの親子なのに文がそぐわない。おまけに各々の親の答えはかなりかたい言葉です。

“せかいはあなたのためにあるのよ”と。

『夜、空をとぶ』〜ランダル・ジャレル 長田弘訳 絵モーリス・センダック みすず書房〜この本も私にとっては大変期待の本でした。ジャレルも長田弘もセンダックも大ファンで、全部といっていいほど彼らの本を持っています。しかもみすず書房の本の装丁はすっきりとしていて美しい。各々ファンだから文句のつけようがないのですが、この本は絵本としているのですが、絵本ではありませんでした。

ジャレルの文の中にセンダックの絵を挿入しただけなのです。だから文のページがあって、時々センダックの絵が入ります。ページで入るので、そのページの裏はただ真っ白、空白な真っ白なページが物語をとぎれさせてしまいます。これは絵本ではありません。残念ながらちょっとガッカリしました。

絵にこだわる子どもは、おとなが思うよりたくさんいます。編集者の力が問われる時代になりました。