■えるふ流読書法〜2000年11月〜


秋、この言葉から何を感じられますか?
食欲の秋、読書の秋、どちらも収穫の秋です。

私が育ったところは10月から11月は、まさに収穫の秋でした。昔はもっと寒かったように思うのですが、何日かの小春日和がありました。

農家ではなかったので、収穫といってもささやかなもの、庭の柿(渋柿)の皮を剥いて軒に吊したり、栗で栗ご飯を作ったり、母親は近所の人達と近郊から買った野沢菜や大根で漬け物を漬け、新聞紙に包まれた白菜などは納屋に吊されます。11月下旬には霰混じりの雨が降り、3月まで雪の中に埋もれてしまう厳しい冬に向かっての準備です。

ところで、外国の絵本には良く収穫の頃、冬に向かってのお祭りや行事(ハロウィンなど)が描かれている作品があります。バーバラ・クーニーの『にぐるまひいて』や、最近日本でも出版された『満月のとき』はものを作ってきた人達の生活、特に収穫のときの様子が丹念に描かれています。

無名の人達の、ささやかな生活の営みの中での誇りと喜び、自分の手で、体でものを作っていくことでの素朴な生の賛歌は私達の心を暖かくしてくれます。そんな意味ではクーニーの絵本は大人のための絵本かも知れません。

収穫の喜びは、子どもにとっては食べることの楽しさだと思います。デュボアザンの『きんいろのとき』や、ちょっと冒険のお話が入っているカリジェの『ウルスリのすず』フィッシャーの『たんじょうび』美味しそうなご馳走の並んだパーティ、子どもの想像の世界=遊びと食べることの世界を、子どもの発想の中から描いた赤羽末吉の『おおきなおおきなおいも』“さあ、どうぞ”と言葉をかけられ、思わず食べようとしてしまう平山和子の『くだもの』『おにぎり』。

孤食が話題になっている現代、みんなで食べる楽しさ、別にご馳走でもない、普通の食べ物がみんなで食べれば楽しくなる、これは家で保育園や幼稚園、学校でみんなで本を読んでもらう時の楽しさと同じもののように思います。ともかく、美味しそうな食べ物の場面が良くて、絵本が好きになったと、かつて子どもだった人が話していました。

好き嫌いはあるものの、私は食いしん坊なので料理が好きです。やはり食いしん坊だった父が生きていたとき、今頃は庭の柿を取ったり、栗の料理や、きのこ料理をしたりしたのですが、今はあまりしなくなってしまいました。空き家になっているので、ご近所の人達に、取って食べてもらっています。

今、住んでいる家の庭に植えた食用菊(おもいのほか)の花が咲き始めました。食べるだけでなく、今年は絵を描いてみようかと思っています。