■親子で楽しむ千葉の歴史〜2003年7月〜



江戸時代の宮野木村・6

今日は前回に引き続いて泥面子について書きます。
今回は泥面子の種類別の数や模様の分類について書きたいと思います。

泥面子』の分類ごとの多さ

先月 泥面子』の形を3つの種類に分けられると紹介しました。家にある泥面子の数をそれぞれ数えてみました。
碁石型
163個
人形型
36個
丸型
133個

碁石型が一番多いです。
丸型はその次にたくさん見つかりますが、 人形型は珍しいです。

丸型の泥面子』の模様の分類

丸型の模様を分類しました。
丸型の泥面子の文様は大きく分けて次の種類に分類できると思います。

 ■
家紋
 ■文字
 ■歌舞伎関係
 ■火消し纏
 ■道具
 ■人の顔
 ■その他の模様

家紋

分類した種類の中で、一番多かったのはこの種類でした。家紋の名前については、日本史小典という本(日正社 平成14年10月20日 第11版)を参考に調べました。

(1)丸に十文字という名前で島津家の家紋です。
(2)右三つ巴という家紋です。
(3)陰細桔梗という家紋です。お花の形をした家紋はこの他にもたくさん見つかりました。
(4)星海鉢
(5)七曜
(5)三つ鱗、北条氏の家紋
(7)その他、名前が分からなかったいろいろな模様の家紋がたくさんあります。

(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(5)

(7)

文字

丸型の上に文字が書いてあるものも多いです。

(1)は、吉という文字です。
(2)は、ひらがなで『ふなばし』と書いてあります。『ば』は昔の字です。
(3)は、源と書いてあります。
(4)その他、いろいろな文字があります。

(1)
(2)
(3)
(4)

歌舞伎関係

(1)は、鎌、円い輪、ひらがなのぬ、の組み合わせで『かまわぬ』と読むのだそうです。
(2)は、三桝の紋という家紋です。

お父さんに聞くと、 (1)と(2)はどちらも市川団十郎にちなんだマークです。

(1)
(2)

火消し纏

火消しとは、江戸の町の消防隊です。“火事と喧嘩は江戸の華”ということわざがあるそうです。それほど江戸の町は火事が多かったので、徳川将軍がいろはの字を名前にした火消しの組を作ったそうです。

纏は火消しが仕事場に担いで行く組の旗印のようなものです。前、学校で稲毛区役所の隣の消防署に行ったら、(1)や(2)と同じような火消し纏がありました。

(1)は、『み組』の火消し纏です。
(2)は、百という字があります。

(1)
(2)

道具

日頃使う道具が描いてあります。
(1)には、包丁が3本描かれています。
(2)は、鎌と分銅のようです。

(1)
(2)

人の顔

顔が描かれています。
(1)は、鬼の顔のように見えます。形がきれいに残っています。
(2)は、ひょっとこの顔です。今のひょっとことは少し違う気がします。

(1)
(2)

その他の模様

その他にもハッキリしない模様がたくさんあります。家紋なのか、ものの形なのか、動物なのか、よく分かりませんが皆おもしろい模様です。何かよく分からないことが謎で、見ていて飽きません。


不思議に思うこと

ドロメンが江戸時代の子どものおもちゃだということはこれで分かりました。でも、分からないことがまだあります。

どうしてこんなにたくさんあるのでしょうか。拾える量が多いです。それに、壊れているものも多いですが200年経っていても先月写真で紹介した『たぬき』や『大黒様』のように、全然壊れていないものもあります。何でこんなにたくさんの江戸の子どものおもちゃが捨てられて、ゴミになって千葉の村々の畑にあるのでしょうか。

まず、千葉で拾えるものだけでたくさんあるので、江戸の町では大ドロメンブームだったのではないかと思います。それと、今の私たちでもゴミは分けて出します。肥料にする生ゴミとレゴのブロックを一緒に捨てたりしません。江戸時代の人たちが、分別してゴミを捨てていなかったらもっと他のゴミが混ざっているのではないでしょうか。

何で壊れていないドロメンがいっぱい捨てられているのでしょうか。江戸時代の子どもにとっておもちゃは大事だったはずです。本に書いてあった禁止令で取り上げられて、むりやり捨てられてしまったのでしょうか。

それに、江戸時代の農村の子どもは、ドロメンで遊ばなかったのでしょうか。ドロメンは江戸の町のおもちゃです。きっと江戸の子どもの方が千葉の村々の子どもより恵まれていたと思います。私が村の子どもだったら、ドロメンは拾って自分で遊ぶと思います。それとも、拾いきれないほど肥料にたくさん混ざっていたのでしょうか。

泥面子は江戸の町の子どものおもちゃです。この自由研究は江戸時代の宮野木村の人々の暮らしについて調べることなので、泥面子のことは少し最初に決めた『調べること』とは違うかもしれませんが、江戸時代からあった畑に江戸時代のものが落ちていて、その模様がとてもおもしろかったので2回にわたって紹介しました。

(神田まどか)