■親子で楽しむ千葉の歴史〜2002年12月〜
今回は北生実の神社やお寺について書きます。
字風呂口に重俊院があります。曹洞宗でこのあたりの政治を執り行っていた、生実藩主森川家代々の廟所です。初代藩主の森川重俊は、寛永9年(1632)1月24日大御所徳川秀忠が亡くなったとき、その夜殉死(切腹して主人の後を追って死ぬ)しました。49才でした。2代目藩主の重政が徳川幕府にお寺を造ることをお願いして認められたそうで、殉死した初代藩主もこの寺に埋葬されています。寛政12年(1800)当時、領主の霊魂をなぐさめるお寺として、年5トンくらいのお米を受け取っています。
字大覚脇に浄土宗の大覚寺がありました。寛政12年当時、19ヘクタール位の土地が大覚寺のものでした。のち字須賀に移転しました。
字須賀の顕本法華宗の本満寺があります。文明5年(1473)日泰上人がお寺を創建しました。寛政12年、9ヘクタールの土地を持っていました。昔は信仰は自由ではありませんでした。幕府が認めていない宗教を信仰すると罰を受けたのです。本満寺のお坊さんであった日清は、万治3年(1660)に常楽新派を信仰しているのは悪いことだと幕府の弾圧を受け、伊豆大島に流されてしまいました。
妙印寺は文明5年(1473)日泰上人が創建しました。寛政12年、1.7ヘクタール余の土地がありましたが、明治期に本満寺に合併されました。
万徳寺は、法華経(陣門流)。寛政12年に2ヘクタールの土地を持ち、字橋戸にありましたが火災に遭い、昭和に塩田町に移転しました。
その他に次のような寺もありました。
建久8年(1197)字勢国寺に原氏が勢国寺を創建したといわれますが、江戸時代すでにどこにあったか分かりません。応永2年(1395)に字柏崎に宗徳寺を原胤高が創建しましたが、天正3年印旛郡臼井に移転しました。
字横宿に正平8年(1353)真言宗威光院が創建されたといわれますが、のち字柏崎の宗徳寺跡に移転し、寛政12年には「領主の祈願所陣屋の中にある」と書かれていて、明治5年には重俊院に合併されました。
字町並に鎮座する生実神社は、元は御霊神社と呼びましたが、八幡神社他十数社を一緒にしたとき生実神社になりました。祭神は祟道天皇、伊豫親王、菅原道真など八所の御霊を祭っています。境内には石造物がたくさんあります。
旅の安全を祈ったり、村に悪い病気などが入らないように祈る道祖神・天明6年(1786)2基。文政5年(1822)。鳥居・文化2年(1805)。山形県の出羽三山にお参りした祈念碑・寛政9年(1797)。手水石・元禄13年(1700)、寛政11年(1799)、3年(1806)。富士浅間大明神・安政5年(1858)。
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たくさんの死者が出る疱瘡が流行しないように、またかかってしまった時に早く治るように祈る疱瘡神・宝暦6年(1756)。江戸時代、疱瘡は何度も大流行して死亡率の高い病気だったので、疱瘡神の石宮はほとんどの村にあります。でも、多くの疱瘡神は石に文字で「疱瘡神」と彫ってあるだけです。生実神社の疱瘡神には、疱瘡をやっつける強い観音様の姿を刻んであってとても珍しいものです。
ジェンナーが種痘という予防注射を考え出し、長崎を経由して鎖国していた日本に入って来るまで、人々は水で濡らした手ぬぐいで頭を冷やし、この石の神様にお祈りするより他に方法は無かったのですよ。
約250年前の宝暦6年に造られた疱瘡神。右手には病気を治す薬が入っている壺を持っています。 |
〜子どもからのお便り〜1
昔、ほうそうというすごく強いびょうきがあり生実神社にそのほうそうをふせぐための石ぞうがあるとはすごいとおもった。本まん寺には昔とく川家の人がかんけいしているとは思わなかった。
(中村剛人 小6) |
〜子どもからのお便り〜2
生実じんじゃは、しらべたけれどまだまだしらないことがいっぱいわかりました。それと、ほうそうという病気がはやっても何もすることができず、かわいそうだと思いました。神社やお寺の歴史がよくわかりました。
(斉藤里恵 小6) |
〜子どもからのお便り〜3
家のちかくなどにある神社やお寺にたくさんの歴史があってはじめてしってビックリしました。それにむかしには、たくさんのかんせんしやすい病気があって、それにかかったら死んでしまうなんて、とてもかわいそうでした。
(篠崎良美 小6) |
〜子どもからのお便り〜4
ほうそうじんが、私達の近くの生実神社にあるなんて話を聞いておどろきましたしかも生実神社のほうそうじんは観音様がえがかれているめずらしいものだと聞いてもっと驚きました。森川さんが有名な将軍につかえていて、そんなすごい人が近くにいると思うとおどろきでした。
(豊田裕香里) |
〜子どもからのお便り〜5
江戸幕府の2代目しょうぐんの秀忠につかえていたひとはしようぐんが死んだら自分も切腹したなんてすごいと思った。生実神社にほうそう神と言う物をまっていると言うことがわかった。他の神社では石にただほうそう神と書いてあるだけど生実のは、かんのん様でまってあることがわかった。
(海辺 中2) |
〜子どもからのお便り〜6
小さい頃から生実町に住んでいて、あるのが当たり前になっている本満寺や大覚寺、それに家のすぐ近くにある生実神社の歴史がわかって、すごく勉強になりました。すごく昔からあってたくさんの歴史があり、一つ一つの物にも意味や過去があるんだなぁと思いました。知らなかった事ばかりで驚きました。もっと生実町の事がたくさん知ることができて良かったです。聞いてよかったなぁと思いました。
(小里 中2) |
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