■読者のページ〜2004年11月〜

「こどものとも」と私

福音館の絵本が大好きです。

子どもの頃母が月刊「こどものとも」と「かがくのとも」を毎月とってくれていました。小学校低学年の頃まででしょうか。毎月とても楽しみで届くと夢中になって読んだことを覚えています。「ぐりとぐら」シリーズ、「だるまちゃん」シリーズ、「くった のんだ わらった」「いたずらおばけ」などヨーロッパの昔話……。今、それらの絵本がハードカバーになって幼稚園や図書館にたくさんあり、私の子どもたちも楽しんでいます。

そして、しばらく絵本や童話か ら遠ざかっていた私も、子どもが生まれたお陰で、また絵本の世界を楽しんでいます。そのことをとても嬉しく思っています。私が好きだった絵本を子どもたちも好きになってくれるというのはとても嬉しいものです。「ぶたぶたくんのおかいもの」「クリーナおばさんとカミナリおばさん」などは子どもたちも大好きで何度も読んでくれと言われました。読んであげると早口おねえさんやカミナリおばさんの台詞を子どもたちが自分で言って面白がっていました。

さて、母となった私は、子どもの頃あんなに夢中になった月刊「こどものとも」を子どもたちのために現在は定期購読していません。娘が赤ちゃんの頃、「こどものとも012」を定期購読していました。お話が楽しめるようになった幼稚園入園のころ、娘にも「こどものとも」と「かがくのとも」をとってあげて子供の頃私が感じた、本が届くまでの待ち遠しい気持ち、を体験させてあげたい、と思っていました。

ところ が、図書館や本屋さんで絵本を目にする機会が増えると子供の頃に読んだ絵本がどんどん思い出され、読んであげたいもの、買ってあげたいものがたくさんあり、「こどものとも」は後回しになってしまいました。定期購読の種類も月刊「こどものとも」の他にベストセラーのシリーズなどいろいろあって、あれにしたりこれにしたりしているうちに、「こどものとも」はまだとったことがない、ということになっていたのでした。

今、子どもたちのまわりにはすばらしいお話、よい絵本がいっぱいです。図書館や幼稚園、自分の家でたくさんの本に囲まれ幸せな環境です。私が子どもの頃は身近にそんなにたくさんの絵本はなかったような気がします。だからあんなに「こどものとも」を楽しみにし夢中になって読んだのだと思います。身近にたくさん本があるのはいいことだけど、月に一度届く絵本を待ち遠しく思う、そんな体験はできないのかも、と思うとなんだか残念な気もします。実際、小学生になり一人で読めるようになったばかりで読むことに夢中になるであろうはずの娘は、毎月届く絵本に飛びつく、というようなことはありません。そういう私だって親世代からみれば絵本や物に恵まれた環境にあったのですが……。

ともあれ、「こどものとも」から始まって、私は読書の楽しみを知りました。私の子どもたちも絵本の楽しむようになり、自分で絵本や童話を選ぶようになってきました。好きな本を選び読書を楽しめる大人になってほしいです。それまで、まだしばらく私も一緒に絵本や童話を楽しむことができるでしょう。ここのところ、なにやかやと忙しくあまり読んであげなかったのですが、これから寒くなることだし、寝る前やお天気のよくない日、時間をつくりたいです。まだまだ「こどものとも」にお世話になりそうです。

大林ハル

こどもといっしょに

先日の工藤さんの講演会は、もうものすごく子どもたちの心に響いたらしく、かまきりりゅうじのページは、すべてしおりが挟まっている状態です。小学校の図書担当の先生(クラス持ちの一般 の教員)に「えー!工藤さんに会ったの!えー!いいな、いいな!」と言われてしまいました。

小1の娘も「会えて、話が出来て、サインしてもらって、握手できて、よーかったー。」と大感激。思えばこの娘の「幼稚園の図書室の本棚にすごく気になる本があるので隠してきちゃったから、今度一緒に見に来て。」という言葉がきっかけだったのだから、自分の子どもとはいえ、出会うことの不思議さや尊さを感じずにはいられない気持ちです。

子どもも一人きりだったら、色々とあきらめきれない性格の私は、まるっきり違う方向を向いて突っ走っていて、今ここにはいないかもしれない。もっと違う人生生きてることは確実。

でも二人目にして、この絶妙なる子どもという存在のすごさに向き合わざるを得ない。つまり、体力的にも気力的にも、二人の子どもと、とことんつきあってやるしかなくなったとき、初めて子どもが見えてきて、子どもの世界の虜になった。

女の人生が、結婚や子育てで切れ切れになることに我慢が出来ない人たちも大勢いて、それはそれで割り切れないものもあるのは、私も同意するけれど、この際否が応でもスパッと切れてみると、新しい芽も出ようというものではないか。「他人にスパスパ切られても、そこから新芽を出してやるぞ!」ぐらいの逞しさが世の中もう少し必要なんじゃないかな。理不尽なことが多すぎるのも困るけど、理不尽な思いをしない世の中は存在しない。世界に一人きりにならない限り。

今、毎日会社に通っている男の人たちは、成人して当たり前のように働き、妻をめとってその分も働き、子どもができて更にやめられなくなる。こっちの方がよっぽど気の毒。まぁ、専業主婦をさせてもらっている身でちょっと言い過ぎかな。これからは、男と女の区別 がなくなってくるのかもしれないけれど、みんなが余裕のない方向に向かって、同質化してくように思える。それは結局みんなが行き詰まる世界だと思うのだけれど。

これからは大人になっていくうちの娘たちに、どれだけオールタナティブな世界観を提供できるか。また、娘たちが選ぼうとするものに対してどれだけ自分が寛容に(トレーランス)なれるか、上の娘がついに10代の一才になり、私の新たなる挑戦も始まっている。

おゆみ野 みなと