
■読者のページ〜2004年5月〜
清水真砂子さんのお話、とても面白く、参加することができてよかったです。 個人としてほんとに生きにくい若い人たちの状況と、ふと立ち止まってまわりを見わわすと、無力感や絶望という言葉さえが心の中で首をもたげてきてしまう50歳の私自身と、ル・グゥィンの「名もない人たちのなかにのみ唯一希望がのこっている」という言葉への共感とが交錯したひとときでした。 中2の娘も、少し難しかったらしいのですが、おもしろかったとのことでした。その夜の食卓で、「本の筋とは直接関係ないけど、たとえば『草々におりた露がかすかに風にゆれた』みたいな部分に、とても心をうごかされることがあるって、清水さんが言ったことがとてもよくわかった」と話してくれました。
2002年に男の子のフィリップが生まれました。スウェーデンには、父親がとるれる育児休暇(Daddymonth)が1年間あり、ペーターは、この2003年にそれを利用していました。毎週月曜日は、ペーターは、フィリップといっっしょに、家で過ごし、夫人のリーザロットさんは、その日はフルタイムでお仕事。一方、木、金はリーザロットさんが、育児休暇をとりました。その他の日は、おじいちゃんおばあちゃんの家に預けていたそうです。保育園もありますが、生まれたばかりしばらくは、自分で世話をするためとのことでした。すこししたら、マヤちゃんと同じく、近くの保育園に預けるとのことです。
一方、たとえば、東京都でさえ、福祉・保険で12%、教育・文化で17%というのです。特に児童手当なんか、対GDP比で、スウェーデン4.48%、日本0.03%というのを見ては驚きですね。
現在私は知的障害者施設に派遣となっていますが、スウェーデンでは、10年かけて、何年か前に、施設を全廃して、すべてを地域の社会に戻しています。これには相当の地域援助の仕組みが整えられています。日本も遅れて、全廃とまでは行かずとも、施設の縮小が一般の流れとなっており、私の施設でもその方向で動いているところです。施設から地域への潮流があり、それはそれでいいのですが、その流れに沿った施策・計画は果たしてそれが、どれだけ実現できるのか、心配です。だって、国も県も金がなくて、給付を片っ端から、削っているこのごろですからね。
さて、親しくなったエミリーとは、英語での会話。中学生だというのに英語もうまくて、既に、私のつたない英語とすでにレベルが一緒で、話があいました。また、エミリーからは、スウェーデン語の発音を個人レッスンもうけました。エミリーは、相変わらず、おすしと味噌汁が好きで、折り紙はうまくて、私が日本から送った本でも勉強していたようで、今回もってた折り紙は私でさえ折り方わからないのを、さっさと折っていました。また、おりがみの本を贈ることを約束してきました。是非いつか日本に来ていただきたいです。 マヤちゃんは相変わらず長くつしたのピッピ好き。ピッピの人形を見せてくれました。そんな時、エミリーから、日本では、何がはやってるの?と。スウェーデンのではリンドグレーンのもの、おとなりフィンランドのムーミンもはやってますよと教えてあげました。ムーミンにはペーターともども、驚いていました。エミリーちゃんは、家の中では、半袖でお臍も出してましたが、寒くないのだそうです。若いですねぇ。 いろいろと話し、あっという間に時間がたち、その後は、いつもの1月1日のように、市庁舎での無料のオルガン演奏会へ。1時間20分もあっという間。パイプオルガンからの音楽が流れる中、直方体のブルーホールの上の窓が、徐々に暗くなっていくのを眺めながら。
|