■読者のページ〜2004年5月〜

清水真砂子さんの講演を聞いて

清水真砂子さんのお話、とても面白く、参加することができてよかったです。

個人としてほんとに生きにくい若い人たちの状況と、ふと立ち止まってまわりを見わわすと、無力感や絶望という言葉さえが心の中で首をもたげてきてしまう50歳の私自身と、ル・グゥィンの「名もない人たちのなかにのみ唯一希望がのこっている」という言葉への共感とが交錯したひとときでした。

中2の娘も、少し難しかったらしいのですが、おもしろかったとのことでした。その夜の食卓で、「本の筋とは直接関係ないけど、たとえば『草々におりた露がかすかに風にゆれた』みたいな部分に、とても心をうごかされることがあるって、清水さんが言ったことがとてもよくわかった」と話してくれました。

千葉市 石原みどり

★ペーター一家と一緒に(Hello,Long time no see!)
2004年1月1日は、ペーターのうちへ。ストックホルムに着いた30日に電話しても、ずっと留守電で連絡が取れなくて、話せたのが31日の夕方。やっとあえることとなりました。

ユースホステルには、いつものBMVで、迎えに来てくれました。少し積もった雪を見ながらストックホルムの南西に向かうこと約30分。前回同様の通りや、湖が見えて、その傍らに埋まる古いバイキングの土盛りの墓をみて、湖畔の住宅街に到着です。スウェーデン独特の赤茶色の家はほとんどなく、モダンな一戸建てが適度に集まっている地区でして、いわば新興住宅街のようなところなんでしょうか。ペーターの家につくと、車庫にはトヨタのコンパクトカー。日本では、ポピュラーなんですが、こちらではかなりの値段だとか。海をわたると高くなるのですね。

着いてみると、家の中はにぎやかでした。13歳のエミリーちゃん、3歳のマヤ、1歳のフィリップに加え、昨日の大晦日は、親戚が集まってパーティをしたということで、夫人の姪という小学生くらいのお嬢さんもいました。それに、大晦日で夜更かしたのですが、元日の朝はよく寝たとのこともあり、みんな元気で、にぎやかで、もう保育所状態です。

2002年に男の子のフィリップが生まれました。スウェーデンには、父親がとるれる育児休暇(Daddymonth)が1年間あり、ペーターは、この2003年にそれを利用していました。毎週月曜日は、ペーターは、フィリップといっっしょに、家で過ごし、夫人のリーザロットさんは、その日はフルタイムでお仕事。一方、木、金はリーザロットさんが、育児休暇をとりました。その他の日は、おじいちゃんおばあちゃんの家に預けていたそうです。保育園もありますが、生まれたばかりしばらくは、自分で世話をするためとのことでした。すこししたら、マヤちゃんと同じく、近くの保育園に預けるとのことです。

私のところに、定期的に、スカンジナビア政府観光局から届くHYGGE(ヒューゲ。温かさと優しさと心地よさを意味するそうです。)というパンフレットがあります。普段時間がなくて読めないので、暇な飛行機の中に持ち込んで読んでいましたが、それによると、福祉全般、日本は、少ないですね。スウェーデンの平均的なコミューン(市町村クラス)の予算では、社会福祉が30%、教教育が24%となっています。


一方、たとえば、東京都でさえ、福祉・保険で12%、教育・文化で17%というのです。特に児童手当なんか、対GDP比で、スウェーデン4.48%、日本0.03%というのを見ては驚きですね。
これは、スウェーデンの国民負担率は、約50%に対し、日本は40%弱ということもあるのかも知れません。(売上(消費)税は、食品12%、その他25%みたいです。)だからといって、負担率を上げられないのが、不透明な行政や、税金の使われ方の日本なんでしょう。また、福祉についての何に金をかけていくのかという点も大きく違うようです。

現在私は知的障害者施設に派遣となっていますが、スウェーデンでは、10年かけて、何年か前に、施設を全廃して、すべてを地域の社会に戻しています。これには相当の地域援助の仕組みが整えられています。日本も遅れて、全廃とまでは行かずとも、施設の縮小が一般の流れとなっており、私の施設でもその方向で動いているところです。施設から地域への潮流があり、それはそれでいいのですが、その流れに沿った施策・計画は果たしてそれが、どれだけ実現できるのか、心配です。だって、国も県も金がなくて、給付を片っ端から、削っているこのごろですからね。

ペーターの話では、また、スウェーデンでは、高齢者、知的障害者のほかに、精神障害者も地域に戻しているとのことでしたが、近頃精神障害者の地域移行については、かなり問題となっているとのことでした。これは、2003年9月、スウェーデンの外務大臣のアンナ・リンダ(Anna Lindh)さんが、街なかのデパートで殺されるという大きな事件がありました。犯人が精神障害者であったことから、だそうです。スウェーデンは、1986年2月にパルメ首相が、市内のデパートで暴漢に殺されてしまったこともありますが、えらくても結構自由に市内を歩いているようです。


日本と比べて、はるかに大きい福祉予算を持つスウェーデンですが、近頃、給付のカットを初め、いろいろと締め付けがきびしくなってきているとか。それに、ホームレスも増えているそうで、街中の物乞いも時々見るようになっています。教育の話もでて、これも削減傾向だとのことですが、日本では学級定員を40人にするかどうかでさえ問題となっているという話をすると、驚いていました。スウェーデンでは、1学級はもっともっと少ないですものね。  

さて、親しくなったエミリーとは、英語での会話。中学生だというのに英語もうまくて、既に、私のつたない英語とすでにレベルが一緒で、話があいました。また、エミリーからは、スウェーデン語の発音を個人レッスンもうけました。エミリーは、相変わらず、おすしと味噌汁が好きで、折り紙はうまくて、私が日本から送った本でも勉強していたようで、今回もってた折り紙は私でさえ折り方わからないのを、さっさと折っていました。また、おりがみの本を贈ることを約束してきました。是非いつか日本に来ていただきたいです。

マヤちゃんは相変わらず長くつしたのピッピ好き。ピッピの人形を見せてくれました。そんな時、エミリーから、日本では、何がはやってるの?と。スウェーデンのではリンドグレーンのもの、おとなりフィンランドのムーミンもはやってますよと教えてあげました。ムーミンにはペーターともども、驚いていました。エミリーちゃんは、家の中では、半袖でお臍も出してましたが、寒くないのだそうです。若いですねぇ。

いろいろと話し、あっという間に時間がたち、その後は、いつもの1月1日のように、市庁舎での無料のオルガン演奏会へ。1時間20分もあっという間。パイプオルガンからの音楽が流れる中、直方体のブルーホールの上の窓が、徐々に暗くなっていくのを眺めながら。

文責:shimmyo