■読者のページ〜2004年4月〜

★初めてのベトナム旅行

昨年12月26日から今年1月6日までベトナムに行ってきました。昨年7月より娘が青年海外協力隊の一員としてベトナム中部の都市フエに2年間の予定で派遣され、村落開発普及員として働いているため、訪問することにしたのです。初めての一人旅でドキドキ、ワクワク、ハラハラしながらでしたが、無事帰ってきました。飛行機では偶然にも往復とも商談のためにベトナムへ行く日本の会社の人々と隣同士でした。

成田からホーチミン経由でフエに当日中に着く便があるのを利用したのですが、ホーチミン(旧サイゴン)までは6時間。飛行機から降りると30℃を越す暑さにビックリです。同じアジア人の見慣れたお顔のお兄さんが入国審査官でした。乗り継ぎ便が遅れてフエについたのは夜9時半を過ぎていましたが、娘が友人(日本語を勉強しているベトナム人)と一緒に迎えに来てくれていました。ホテルまでの夜の道を車の中から見て、ずいぶん昔の日本の景色と似ているように思いました。

←川沿いの水上生活者の舟(フエ)

フエは1月1日の朝まで滞在し、その間、娘がホームステイしている家のご家族とお会いしたり、職場の人民委員会経済局を訪問したりしました。友人のご家族はなんども食事に招いてくれ、案内もしてくれました。温かい心遣いはとても嬉しかったです。良い人々に囲まれて娘が暮らしている様子を感じることができて安心しました。

グエン朝の王宮めぐりやホイアンへの一泊旅行をしたり、市場をのぞいたりして観光もしっかり楽しみました。フエは思いのほかヨーロッパからの観光客が多かったようです。街中ではいくつかインターネットカフェがあり、子どもたちや観光客でいつも満員でした。娘もここを利用していました。

ベトナムの人々は親しみやすく小柄で太った人はほとんど見かけませんでした。言葉はほとんどがベトナム語で、町の看板などは英語で書かれているものが少なく、私には全く分かりません。アルファベット文字にアクセント表示が付いているのです。その中でも漢字を見つけて中国の影響を感じました。観光地のガイドさんの、ベトナム訛りの英語が頼りでした。

ベトナムは南北に細長い国で、歴史的にも南と北に分断されていた時代もあるので北のハノイと南のホーチミンではかなり異なる言葉を話すようです。フエも訛りがあり、すぐに出身地が分かるようでした。今回は娘と一緒でしたのでとても助かりました。青年海外協力隊の語学訓練には感謝です

ホーチミンには5日間滞在し、その間にバスを利用した“メコンデルタ一日ツアー”と“クチトンネル半日ツアー”に参加しましたが、連日猛暑でした。ここでは四季はなく雨季と乾季があるだけで、お米も年に3〜4回収穫できるそうです。水を張っただけの水田と青々とした水田の両方を一度に見ることができました。

ホーチミンの都市部では大きなヨーロッパ的な建物が多く、観光名所がたくさんありますが、ベトナム戦争の傷跡や文化財の保存が不十分な状態にあることを知りました。「戦争証跡博物館」ではベトナム戦争の取材などで亡くなられたジャーナリストの写 真の展示コーナーがあり、沢田教一さん他数名の日本人の名前を見つけました。

また、世界中で行 われたベトナム戦争反対の集会の様子を報じる新聞や写 真などの展示もありました。早乙女勝元氏の『ベトナムのダーちゃん』の本など日本語の資料も多くあり、私も当時ベトナム戦争反対のデモに参加したことを思い出しました。

世界の子供たちがクレヨンなどで描いた平和を願う絵を掲げたコーナーもあり、イラクなど戦火の中にいる子供たちを思い、心が痛みました

路上の床屋さん Photo PHAN CU→

社会主義の国ベトナム。貧富の差がある国。日本人に親しみを持つ国。これから日本経済の鍵となる国。おいしい食べ物の国……。娘のおかげでずいぶん近い国となりました。この次は『ベトナム周遊の旅』のようなパック旅行で、今回行けなかったハノイなども訪ねてみたいと思います。

古関 トシ子