■読者のページ〜2003年11月〜
11月1日『フランさんと浩子さんのおはなし会』がおこなわれ、参加された方たちからとても楽しかったといわれました。もう少し感想等をよせていただきたかったのですが、HPの更新に間に合わないので、主催者側の感じたことを書きます。
浩子さんのお話は前にも聞いたことがあるので、どんなお話会になるのかだいたいの想像がついていたが、フランさんのお話は聞いたことがなかったので、主催者としては少し冒険だった。お話を語るということはその国の、その場所の、その地域の、その語る人の、そして、その話を聞く人たちの文化と深くかかわっている。アメリカ人のフランさんが英語で語るお話がはたして日本人に分かるのだろうか?
参加された人のなかには英語に習熟している人もいるとは思うが、英語が解る人という条件は出されなかった。ただ、100人位
の人数の中、できればマイクを使いたくないという浩子さんのお申し出があり、小学生以下の幼児は少し無理ではないかというお話があり、幼児はお断りした。
全体的には語るというか、演劇ほどまでいかないが、演ずるという要素がつよかった。いや、演劇とも違う。とりあげたお話が私たちも語る『エパミナンダス』のような話があったのだけれど、私たちが子どもたちにお話をしにいったりするのとは全然違う。私たちは語ることによって少しでも本を読む世界に子どもたちを誘おうとする。それが目的だ。(もちろん楽しみは大前提だ)。
最後近くなって浩子さんがこんな意味のことをおっしゃった。「聞いてもらう人のことを考えて動作などをいれています。」音楽はもちろんフランさんのハープ、小さな素朴な弾き語りにピッタリな楽器、そして、全体のあらすじを浩子さんがうまく説明する、お話によっては2人のかけあいのような方法をとる、そこでは、日本語も福島弁も英語も共通
の土俵にのってしまう、これはお2人の息の合ったことだからできることだと思う。ともかく楽しかった。
言葉は文字だけではない。身体も含めて丸ごとその人だ。現代の生活はしばしそんなことを忘れてしまう。中学生くらいにこんな機会があると良いのにと思う。どうでしょうか。先生たち!!
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