■読者のページ〜2002年2月〜
マドリードの街と本のこと

01年12月にマドリードに行きました。

スペイン発の読書教育メソッド「読書へのアニマシオン」の日本人向け セミナーを受講する機会に恵まれたためです。セミナーは、マドリードの文化教育省というお役所の別 館のようなところで6日間開かれ、その前後を併せて7泊9日という大駆け足の旅行をしました。

(「読書へのアニマシオン」については、12月に柏書房から『読書への アニマシオン75の作戦』M・M・サルト著 宇野和美訳 カルメン・オンドサバル+新田恵子監修 という新しい本が出ましたので、ご興味がおありの方はぜひお読みください。)

ちょうど待降節(クリスマスを待つ4週間)でしたので、マドリードの街はFeriz Navidad!(メリークリスマス)の文字と、クリスマス飾りでいっぱいでした。特に、電飾がすごくて、デパートなどは建物の側面 一杯に豆電球のモザイクでクリスマスの物語絵が作られていたり、それから、石造りの歴史的建造物(例えばパリの凱旋門に匹敵するようなもの)にも何のためらいもなくイルミネーションが仕掛けられていて、夜景は圧巻でした。

ヨーロッパ標準時からのズレ?か、よくわかりませんが、とにかく夜が遅い街でしてセミナーが毎日夕方6時に終わると、夕食はどのレストランも8時半とか9時にならないとやってないのです。ですから、その間の時間には街で本屋さんをぶらつくということになりました。

デパートの本売り場と、ガイドブックによればマドリードで一番大きいという触れ込みのカーサ デル リブロという書店(日本で言えばちょうど日本橋の丸善くらいの規模)と、それから児童書専門店を一軒訪ねました。カーサ デル リブロでは「ドンデ エスタ エル リブロ デル ニーニョス?」とあやしい片言で児童書はどこ?と聞いて、行ってみたフロアで、驚きました。実は、ハリーポッターだらけだろうな、と、何となく予想していたのが見事にはずれました。

メインのコーナーには、これでもかと言うくらい、トールキン、トールキン、トールキンが積み上げてありました。それを見てようやく、ああ、街の至る所に張られているポスターはロウド オブ ザ リングの映画の広告だったのかと気が付いた始末……。(なんせ、あの、フロドの顔にはまだお目にかかっていなかったし、スペイン語のタイトルは読めないので。)ヨーロッパではもう「指輪物語」の映画が封切られていて、大ブームだということも、そこで初めて聞きました。

児童書フロアに、クリスマスコーナーもなければハリーの平積みもない。あるのはトールキンと、そして、なんと!『読書へのアニマシオン』の原著『アニマシオン アラ レクツーラ』の平積みだったのです。ホント……。

児童書専門店は、アニマシオンのセミナーの先生に紹介してもらって、訪ねました。ちょうど会留府を2階建てにしたような感じの、可愛いお店でした。ここにも、アニマシオン ア ラ レクツーラの専用コーナーが設けてありました。レジの脇には、お話し会みたいに、その書店に幼児たちが集まってアニマシオンをしている写 真が飾ってありました。

さすがに絵本の種類もたくさん取り揃えてあり、ついついあれやこれやと買い込んでしまいました。(帰りのスーツケースは重かった!)ちょうど市内で世界の子供の本の展覧会(多分、国際児童図書評議会の協賛だったように思います)が開かれていて、それを見物したり、駆け足旅行の中でまた駆け足しながら見て回ったような次第です。そして、指輪物語を読むぞ!と心に誓いながら帰って来ました。

そういうわけで、お正月に、30年ぶりにホビットから指輪全巻を通して再読しました。おかげで、我が家はお正月中、お餅ばっかりの食卓だった?

実は、セミナーの先生と雑談の中に、こんな話題がありました。『奔放な読書』の著者ダニエル・ペダックが言っているそうです。「愛する時間と読書の時間は、他の時間から盗んでこなけりゃ、ありっこないさ」と。私は、「あら、私いつもお料理する時間から盗んじゃってるわ」と思わず言ったのですが……。

そして、全く余談の私事ですが、お正月の最中に、私の4歳年上の姉が脳内出血で倒れました。おかげさまで命は助かりましたが、意識もまだもうろうとしたまま、集中治療室にいます。家族が話し掛けた方がいいのだと言われ、いろいろ話し掛けてもなかなか反応しません。それでも、私が、「ねえねえ、スペインに行ったら、街じゅうトールキンのポスターが貼ってあったわよ。指輪物語の映画が封切られているんだって」と言ったら、姉はうっすりと目を開けて、「トールキンの本、あっちの部屋にあるから持ってきて」と言いました。

この姉と一緒に、30年前に、翻訳のリアルタイムで指輪を読んだのです。旅の仲間を読み終わっても二つの塔がまだ出ない。王の帰還はいつまで待てばいいの。それで姉は評論社に電話をして聞いたりしたものでした。姉は大学生、私は中学生のころだったと思います。ふたりでよく、ゴクリの口真似をしたり、姉の(70年代に流行った)大ぶりのマントのようなコートをスマウグのコートと名づけたりしたものでした。

自分が結婚するときに、一緒に読んだ本のあらかたを「これは私の」と言い張って持って行ってしまったくせに(ですから後年、私は指輪もナルニアもみどりのゆびも会留府で買いなおすハメになったのです!)、今更、「あっちの部屋にあるから持ってきて」とは良く言うわと、あっちの部屋なんてありやしない集中治療室のだだっぴろいフロアで思ったことでした。

マドリードの話のはずが脱線しました。でも、指輪物語ゆかりのお店:会留府のページにおじゃまさせていただいて嬉しいです。ありがとうございます。

(黒木秀子)