■若い人からのお便り〜2004年10月〜

★服装指導強化週間とやら

9月の2週目辺りのある日、担任から「最近服装の乱れが目立つので、明日からしばらくの間を服装指導強化週間とします。」と言われました。この時は何のことだろう……?と言うざわめきは広がりましたが、先生方がこんなに本気で言っていた何て誰も予想しなかったでしょう。。。

私の通っている高校は特に不良っぽい服装の乱れが目立つ訳では無く、ちょっとでも髪を染めていたりするとすっごく目立つような感じです。他の高校に行った友達と話をしても(うちの学校って真面目だなあ)とか思った りします。ただ最近は、1年生も学校に慣れ、全体的に女子のスカート丈は短く、男子のズボンも腰パンがひどくなっていました。次の日から驚くような“服装指導”が始まりました。

まず、朝登校します。そうすると昇降口に先生がずらり!と並んでいて登校してくる生徒を見ています。そこで問題が発見されると、その場で直してOKをもらうまで中に入れてもらえません。次に朝のHRが有ります。普通「起立」の号令で始まるのですが全員が立った所で担任が全体をチェックし、ここで注意されると注意された人がきちんと直し終わるまで、全員着席させてもらえません。それから1時限から6時限まで授業の初めと終わりの「起立」のたびに同じとこが繰り返されます。そして一日の終わりに帰りのHRがあるのですがその時もまた同じことをする訳です。そして私のHR担任は「さようなら。」と言った後に必ず「今の格好のまま家まで帰れよ」と言うようになりました。朝家を出る時スカートを何も言われない長さにして、その後変えなければこれだけの指導を黙って見ているだけで済みます。私と大抵の友達がこのパターンを取りました。

だけど一部の人たちはよっぽどこだわりのファッションならしく注意されるたびに直し、注意した先生の姿が見えなくなると元に戻しています。思わず(忙しそうだね……。)と心の中でつぶやいてしまう位です。本当に。しかも一日に何回もネクタイを締めたり解いたりしている男子のおかげでネクタイの縛り方が習得できそうです。最近気がついたのは、人によって手順が全然違うという事です。一人の人に注目しないと、混乱して習得できないみたい。今度から一人に注目してみようと思っております(笑)

from⇒ミドリ

まず、9月19日に会留府にて開いていただいた報告会に来て下さった皆さまお忙しい中どうもありがとうございました。当日話しきれなかった部分も含めて、今回と次回で10日間の思いを伝えたいと思いますのでよろしくお願いします。
★カンボジア滞在記〜前半〜

離陸してから5時間後、ぼくたち4人はバンコクの空港にいた。ちょうどその時、雨が降っていて、タイの暑い空気とスチームのような湿気の多い気体が辺りを包んでいた。空港は時間通 りに人を運び、ゲートから吐き出して、そこから出てくる人たちは忙しそうに目的の場所へと急いでいた。そんな風景をぼくは懐かしく思った。

タイの入国ゲートを横目に、免税店の華やかなショーウィンドーを通 り過ぎ、 ぼくたちはカンボジアへの乗り換え口へと急いだ。カンボジアへの乗り換え口は階段の下にあって、ぼくたちはそこで今年の「国境なき子どもたち」友情のレポーターの滞在先であったラオスからいらした事務局長、金珠理(きむじゅり)さんと合流した。金さんも2年前カンボジアに一緒に行って下さった方の一人である。

飛行機の中で、入国カードを書いたり、機内食のカレーを食べたりしていたら、あっという間にカンボジアの首都プノンペンに着いた。カンボジアの空港は驚くほどきれいになっていた。プノンペンでASEANが開かれたかららしい。空港からタクシーに乗って「ゴールデンゲートホテル」に向かった。部屋は三宅さんと一緒で、ベットに寝そべっていたら、カンボジアに来たことを、数分前の路地の臭いと共に認識した。でも何故かテレビでは、NHKが流れていた。

次の日、朝食を済ませると、タクシーでバッタンバンに向かった。がたがたゆられて数時間。半分酔いかけたところで、バッタンバンについた。このバッタンバンには「国境なき子どもたち」の運営する施設「若者の家」男子と「若者の家」女子がある。現在はそれぞれ20人ほどの若者が生活しながら、学校へ通 ったり、職業訓練を受けたりしている。今回の旅は、ここバッタンバンにずっと滞在し、11日バンコクへ戻るまでの間ずっと「レンヘンホテル」という宿に泊まりながら毎日「若者の家」に通 うという日々だった。


2年ぶりに再会した彼らは少し大人っぽくなっていたが、ぼくたちが「若者の家」の中に入っていくと、とても歓迎してくれた。お互い最初は少々照れていたが、2年間の時間はあっと言う間に飛び越えた。

ぼくは2年前より20センチ近く身長が伸びていて、皆を驚かせたようだ。前回友達になったソンボンくんという男の子は、とても日本語が上手くなっていて、日本の歌「花」を流暢な日本語で歌ってくれた。

8月6日に「国境なき子どもたち」の創設者のドミニクさんがプノンペンにある若者の家のみんなと一緒にきて、卒業生も集まって、みんなで同窓会をした。以前から同窓会を開こう……という話はあったそうだが、今回はぼくたちの訪問に合わせて、初めての同窓会が実現したそうだ。皆とても楽しそうだった。2年前一緒にアンコールワットへ旅したティーランさんは卒業して洋裁のお店をかまえていた。

若者の家でいただいた手作り料理の中に「これチキン?」というものもあり、聞いたところによると、チキンとよばれる肉の何割かはカンボジアでは「こうもり」だそうだ〜。カンボジア料理は「おいしい」とか「まずい」とかいう表現では表せない。最も、ぼくはカンボジア料理を知り尽くしたわけではないけれど、ともかく何とも言えない味。(是非一度現地へ行ってお試しください。)

別の日に三宅さんとぼくは、トゥリアーくんという卒業生で現在床屋を営んでいる男の子に髪を切ってもらった。ぼくは出発前忙しくて床屋へ行けなくて、母から「ボサボサで行くの〜」と咎められていたけれど、「ボサボサ」で来て良かった!と思った。(髪型は帰国後も大変好評だった。)彼は今回とても仲良くなった一人だ。

彼の実家を皆で訪ねたが、でこぼこ道を行くと、絵に描いたようなジャングルがあった。村中?と思われる人々が集まってきて、小さい子どもたちの笑顔はすごく可愛くて印象深かった。でも彼は久しぶりにお母さんに会ったそうで、ぎこちなかったのが気になった。過去に事情があるそうで、ぼくは複雑な思いもしたが、今は立派に自立していて、床屋さんもまぁまぁ繁盛しているそうなので、本当にえらいと思う。具体的には、お客さんは一日に2人〜5人くらい来て、1回の散髪が3,000リエル(4,000リエル=約1ドル)で、月に4ドル(=16,000リエル)の場所代を払っても充分に自活できていると言っていた。

この2年間、同じ時間がカンボジアと日本に流れたはずだ。でもその間に彼らとぼく、どちらがより成長したかといえば、絶対に彼らのほうが勝っているだろう。何か「必死で目指す目標」があれば人はどこまでも成長できるのだということに気づいたと共に、少し自分にコンプレックスを感じもした。

(次回へつづく)

横浜国際協力まつり2004 〜あなたも100人の村の一人です〜
日にち
10月16日(土)17日(日)
時 間
10:30〜17:00(土)16:00(日)
場 所
横浜産貿ホール、横浜シンポジア
入場料
無料
主 催
横浜国際協力まつり2004実行委員会 (財)横浜市国際交流協会(YOKE)
連絡先
(財)横浜市国際交流協会内「横浜国際協力まつり2004」事務局
TEL/045-222-1174 ホームページこちら

連絡先『The Date Line Club』五十嵐敬也
ohkun_knk@yahoo.co.jp
特定非営利活動法人『国境なき子どもたち』
http://www.knk.or.jp/