■若い人からのお便り〜2004年7月〜

★一人の高校生記


私は、今やっと高校生になり、そして高校では弓道部に入り、それなりに忙しい毎日です(ーー;)

そしてこの頃は、学校生活や、身の回りで、いろいろな事を感じたりします。特に、双子だから、相手といつも一緒の学校学年、少し歩けばすぐに会える!そんな風に過ごしていた毎日が、あたりまえだと思っていたのに、別の高校に入り最初は一人だって全然変わることは ないだろう!!と思っていたのが、間違いだったことに気づき、びっくりしました。

その間違いに気づいたのは家で、二人で学校のことを話していたときでした。知らない人の名前がでてくるのです。その時にはじめて、今までは、自分のクラスの人と、相手のクラス両方にたくさんの友達がいて、それは、自分で友達になったような気がしていたけれども、本当はかなり相手の力を借りていたことを知りました。その証拠に中学が一緒だった人と部活が一緒の数人しか他のクラスにまだ友達がいません。いつもなら、もうとっくにあまり自分自身がかかわらない人でも、自然に友達になっていたりしました。だから、これからは自分ひとりできちんと生きられるよう、努力していこうと思いました(・へ・)

A.I

佐世保市小6女児殺害事件

最近私にとって衝撃の大きかった事件は、やはりこの事件でした。加害者の少女についていろいろ報道されているのに触れて、いっぱい考えました。自分が小6だった頃、被害者になってしまった怜美ちゃん、加害者の女の子……。私も4年前、「小6女児」だった訳です。この文を読むと、私が新聞に匿名で「問題の小6女児は……」とか書かれていたみたいな印象があるかもしれません。でも、実際は新聞などに載るようなコトは何も有りませんでした。

なぜ新聞やテレビに出たとたんに小6の女の子は「小6女児」になってしまうのでしょうか。小学校の最高学年の女の子達はみんな、「小6女児」でしょ?でも、普段聞かない、冷たい感じのこの言葉が示すのは極一部の女の子達。自分達と違う者に対する、普通じゃない!と言いたげな、その言葉の発信者の視線を紙面や画面を通して感じました。

私は小6の時、女の子の独特な世界の怖さに初めて触れました。小学校も高学年になれば女の子はチョット大人になって人前で大泣きしたり、取っ組み合いでケンカしたり、男の子と仲良くするのをさけようとします。自分はかわいいのかそうじゃないのか、モテるのかどうなのか気になってそれが生活の全て!にだってなります。自分をじっくり観察すると、周りが気になりだします。みんなと同じにしなくちゃいけないって思うのと同時に、自分達と違う人を排除して、同じどうしでグループをつくります。私はそういった考えを持つのが遅かったし、今になってもほとんど“みんなと同じ!”に魅力を感じなかったりします。そのせいなのか、それまで仲良くしているつもりだったグループに「外されて」しまいました。「外される」というのは、相手からは絶対に話しかけてもらえなかったり、こちらから話しかけても反応が無い、または「うん。」意外何もいってもらえなかったり、移動教室のとき一緒に歩いてもらえなかったり……と小さいことではあるのですが徹底して一週間から、2,3ヶ月続く事をそう呼んでいます。イジメまではいかないけど、とても傷つきました。それを思い出して、(本人達が)大変なことの多い年頃なんだよね……と加害者、被害者両方に対して思いました。

もう1つ気になったのはバトルロワイヤルのことです。私は中学の卒業式が終わってからの春休みに友達の家に泊まりにいきました。そのとき全員15歳を過ぎてR15指定の映画が観られる事に気がついて「記念に
……」とか言いながらビデオを借りて皆で観ました。始めからグロテスクなシーンが続き、皆そろって目を背けているうちに関係の無い話題で盛り上がり始めてしまい映画も感想は全員「いまいち」という感じでした。真剣に本を読んでいて(映画を観ていて)、読み終わった直後に今読んでいた話に出てきたものが実際あっても違和感を感じないだろうな……なんて思う事が良く有ります。(私だけ?!)隣に魔女が住んでいても仲良くなれそうだ。とか、明日学校に恐竜が登校してきてもいいなぁ!とか。

もしかしたら加害者の女の子はいつもいつもバトロワの世界に浸る事で、その感覚が一瞬のものでは無くなっていっていたのかもしれないと思いました。まして、普通に考えれば有り得ないけど、バトロワの世界に浸っていれば、「そうだ!これで当たり前だ!」と思うような設定になっているので、魔女や怪獣よりはまりやすいのではないかと思えます。もしそうだとしたら、あの加害者の子の中で、同級生の死が日常にあっても違和感の無いモノだったとしたら
……。他に面白い 話には出会えなかったのかな……と母と二人で話し合いました。

空想と現実の区別ができない事が問題だとよく聞きますが、わたしは、完全に区別してしまったらつまらないと思います。いろん な空想の世界を知っていて本当は違うって解っていてもチョットごちゃごちゃに考えるのはすっごく楽しいと思います。心の中には、本に出てきたあのおばけとマンガの主人公のあの女の子が手を繋いで踊っててもいいんじゃない?と思うんです。バトロワが
R15指定なのは15歳になる前にいっぱいいろんな空想の世界に入り込んでみて、現実の世界にすばやく帰ってくることとか、逆にしっかり浸ってみることもできるようになった人が観たり読んだりしたほうが いいからなのかなぁ……と思いました。

考えがまとまらなくて、長くなってしまいました。読んで下さった方、ありがとうございました。


いしわたみどり

★こんにちは。五十嵐敬也です。今までレポート色が強かったのですが、今回はようやくタイプを変えて「ぼくの独り言」です。マンガやアニメはいいです。底なしにいいです。でもやっぱり文学も読みたいです。でもでも今月はマンガネタでいきまず。変わらぬ ご愛読お願いします(笑)

最近、マンガを読むことが多くなった。ついこの間までは、まるっきり活字ばかり追いかけていたので、いい機会なのかもしれないな。これらのものから何か学び取ろうとか、定義しようとかすることは、あんまり楽しいことではないし、面倒くさくなるだけだ。だからぼくは、目的も持たず、この世界に溺れていくことを楽しんでいる。

マンガ本のアニメ版から、ぼくの関心がアニメへも移っていくのに、そう長い時間はかからなかった。実際のところは、ぼくの小遣いでDVD買うのには、相当な無理があり、テレビで観るか、レンタル店で借りてくるかにしている。いずれにしろジャパニメーションは日本の宝だなぁとぼんやり思いながら、ぼくはコーヒーをすする。

この前の日曜日、ぼくは友人と銀座にいた。毎日中学生新聞の特派員としてぼくは、ある企画に応募して、アニメ「スチームボーイ」の試写会へのキップを手にしたわけである。企画の内容は、銀座で行われる試写会を観て、一週間後、横浜で行われるイベント(ジャパンプレミア)で、主人公のレイ役の『鈴木杏さん』にインタビューをする、というものだ。この原稿を書いているときには、まだインタビューをしていないので、今のぼくに言えるのは、せいぜい夏に観にいく映画はスチームボーイがヨロシ、と言いまくることくらいだ。チケット予約はどうぞお早めに。

19世紀半ばのイギリス、産業革命の熱気と、第1回万国博覧会開催への人々の期待で、街は溢れていた。そんな中、発明一家に生まれたレイ少年の元に、アメリカへ技術者として渡っていた祖父から、金属製のボールが届く。そのボールこそ、脅威の力を秘めた発明「スチームボール」であった……。大人の私利私欲にもまれながら冒険し、その先にレイが見たものとは一体?!

何かに夢中になるのはいいことだと思う。それが好きだから夢中になるんだし、その夢中になる対象が大体同じなら、それが趣味であり、エンターテイメントってモンだから。そういう風にして、日常を送っているうちに、もしかしたら、何かすごいものが見つかるのかもしれない。そんな訳でぼくは、今日もATフィールドを展開するエヴァ初号機や、陰陽道師と乱闘する、ネギ・スプリング・フィールドという名の少年を眺めては楽しんでいるのです。まぁいつの時代でも、趣味は大事なのですね。

連絡先『The Date Line Club』五十嵐敬也
ohkun_knk@yahoo.co.jp
特定非営利活動法人『国境なき子どもたち』
http://www.knk.or.jp/