
■若い人からのお便り〜2004年6月〜
私は今、千葉市の高校に通っている新一年生です。これまでずっと最高学年の先輩をやってきたので、立場の違いってすごいなぁ。なんて思っています……。これまでの伝統など何でも知っていて、後輩に教えながら、ある程度自分たちの判断でやってきました。でも、高校に入って、な〜んにも知らないし、私たちの感覚は新しい学校の伝統と違っていることも多くて、自分で判断するなんて絶対出来ない!!ので、いちいち「先輩、コレは?」って感じにしています。私はその方が楽な部分もあるのですが、人によっては我慢できないみたいですねぇ……。 友だちの雰囲気も全然違いますね〜。今まで3年間、ずっと一緒にやってきた仲間ばっかだったので気は使わないし、何でも言い合ってきた中学の友だちと、ここ数ヶ月の付き合いでまだ、どんな風な感じ方をする人なのかも完全には解んない高校の友だちに同じ繋がりを求められないのは分かっているんだけど、やっぱりときどき「ああ、あの子なら分かってくれるのに……」って思っちゃいます。これから高校の友だちとも何でも話し合える関係を作っていきたいと思っています。 高校生になってから何冊か本を読みました。その中で、面白かった本を紹介しまっす。会留府に行ったときに見つけて読んだ本で「Girls in Tears」ロンドンのハイスクールに通っている女の子三人組の話で、友だちと彼氏どっちが大事なの!?とか、その両方の事でイライラしてるのに家族は違う問題でもめているし……!!とか、現実にありそうな話で、みんな同じなんだ……と思うと元気になれる話でした☆★テンポよく話が進むので、普段あんまり本を読まない人にもオススメです。また、気に入った本があったらお知らせします〜。 ところで、高校の図書室にはずっと司書の先生がいてくれるんですよ!!中学では週に何回かしか居なかったし、来ている日はメチャクチャ忙しそうで話しかけにくい印象の先生が居ましたが、高校の図書室の先生、図書室解放の時間帯は事務とかのしごとをしないでイロイロなアドバイスをくれたり、最新の雑誌を入れてくれたり、来たくなる図書室にしようとしてくれています。嬉しい♪
こんにちは、五十嵐敬也です。実はこの原稿を書き始めたとき、ぼくは史上最大のスランプに陥っていました。何時間もパソコンの白い画面を見て、ボーっとしていたり、言葉が何ひとつ思い浮かばなかったり……でも「これだ!」と思う話題に出会い、やっと書けました。今回も「イラク人質問題」についてです。世の中は「年金」「北朝鮮」に話題が移っていますが、ぼくにとってはまだまだタイムリーな問題だし、何より言いたいことがたくさんありました。よろしくお願いします。
イラクで拉致された方々5人全員が無事に開放されました。とても嬉しいことでした。そして、解放された人たち自身が今回の事件を「信念を追い求めた果て」としてでは なく、「信念の再確認」として考えていることも、遠いどこかで自分とつながっているようで、とても嬉しかったです。しかし、その後5人に降り注いだ過酷なバッシングや政府の要求の話がニュースで知らされる度に、その嬉しさは徐々に、悲しみに変わっていきました。それらの話が余りに矛盾しきっていた、ということもありますが、それらが実行された根本的な動機がはっきり定まったものとは思えなかったという気持ちが、自らの体験である「いじめ」の、あの時の級友に感じた気持ちとそっくりだった、というのが最も大きいと思っています。 4月16日と同じ会場〜中野ZERO小ホール〜で帰国した5人の内、3人による帰国報告会が開かれると聞き、ご本人たちに早く直接話を聞いてみたいと思っていたぼくは、勿論中野へ赴きました。かなり早い時間に着いてしまったので、会場はまだ開いていませんでした。そこでぼくは駅前まで早めの夕食を買いに行ったのですが、会場に戻ると右翼さんたち(警察と軍服姿の人も)が来ていました。係の人がそのためか「できるだけ早く会場に入場してもらう」と言っていて、世の中という大きなモノの、はじっこを少しだけ垣間見た気がしました。 会場に入ったと思われる人数は4月16日の約900人より少し少ない位でしたが、後で聞いたところ約830人だそうです。一人でも多くの人が会場に入れるように、ステージ上に座っても良いことになりました。何を隠そうぼくもステージ上に座りました。入場者数に関しては、ご本人たちの話だから相当増えるだろうと思っていましたが、「ニュースで言っていることと大して変わりないだろう」とマスメディアを信じて、惑わされた人が多いから前回程度でとどまったとぼくは思いました。 その日、話をした人たちはまず、安田さん、渡辺さん、郡山さん。スピーチでは日本ペンクラブの井上ひさしさんや、ピースボートの代表の吉岡達也さん、女優渡辺美佐子さんは、現地のメッセージを朗読しました。コーディネーターは広河隆一さんでした。まず最初に、別の用事をその後に控えていた安田さんが話し始めました。安田さんが拘束されたのは、農民が自分たちの生活を守るため"不審者"を捕まえたという感覚のケースだそうです。そしてその後拘束された農家に連れて行かれ行われた尋問は、最初はスパイ疑惑がひどかったらしいですが、それでも安田さんは「"人間"としての付き合いができた」と言っていました。彼らは非常に日本に興味があるらしく、ナガサキやヒロシマのことにも詳しいらしいです。「彼らは本当に自分の生活を守りたいだけなんだ」ということを安田さんは強調していました。毎日自国の多くの命が失われていく中で、それは当然の反応なのかもしれないとぼくも思いました。彼らが安田さんの宗教を聞き、安田さんが「仏教…かな?」と答えたときも「お前たちの宗教は尊重する」と言っていたということからも、それらが無差別的な殺戮や過剰反応でない、極めて純粋なものであることを感じました。安田さんは、時間に追われながらの短い報告の最後に、その点について理解して欲しいと、言っていました。安田さんの話が終わり、楽屋に戻る時、何故か郡山さんと渡辺さんが出て来て、安田さんに目隠しをして、拘束される所をジョークにしていました。それが何を意味するのか、ぼくは未だに考えているところです。 その後には井上ひさしさん・吉岡さんのスピーチがありました。井上さんのスピーチは「自己責任論は矛盾している」というものでした。責任とは「何かに応える」こと。宗教責任なら神に向かって……社会責任は社会に向かって……なら自己責任は自分に向かって応えるということだから、あの5人のように自分の志や思いに忠実に行動した瞬間、自分に対する責任は果たしたことになるのだ……という話は、心にズシンときました。さすが言葉を操る方だと思いました。そして「あの5人は私たちの気持ちを命がけで代弁してくれた」……というところでは会場中から大きな拍手が沸きました。吉岡さんはピースボートの方で、今回の解放に向けてすぐに現地へ飛び奔走した話をしてくれました。 その次の渡辺さんと郡山さんの報告は、広河さんの質問や会場の疑問に答えるような形で、2人一緒に行われました。2人の話にはときどきジョークも混じり、テレビなどの印象とは違ってかなりリラックスした様子でした。郡山さんたちはタクシーで移動している途中で、米兵が掃討作戦をしていたので、回り道をしてスタンドでガソリンを入れていたところ、拘束されてしまったと言っていました。渡辺さん(と安田さん)は、最初の人質3人のことを知っていたので、現地の人に聞き注意しながら旅をしていたらしいですが、「たまたま道を聞いた人がもしかしたらレジスタンスだったのかも」と言っていました。渡辺さんたちを拘束したグループが「前の3人を拘束した奴らもビデオを撮っていたし、俺らも撮るか」なんて軽い感じで安田さんのビデオカメラを使って撮ろうとしたけれど、使い方がわからず電源を入れずに撮っていて、たまりかねた安田さんが使い方を教えてあげた……といったエピソードからは「イラク人はやはり優しい人たちなのだな」と感じました。2人とも「拉致した人たちは加害者でなく被害者だ。」と言っていて、5人を拉致したイラク人たちは犯人とかテロリストでは絶対にないということだけはよくわかりました。そして最後にお2人が「今後責任は伝えていくことで果たす。」と力強く言っていた のがとても嬉しかったです。 今回のこの報告会で見聞きしたことの中で、ぼくの心に今でも突き刺さったままのことがあります。それは「編集」です。テレビなどで見た3人の印象と、実際見た3人の印象がかなり違うことからも、強く感じたことです。郡山さんは「自分が少しぼやいた言葉などが異常にクローズアップされたりして放映されていた」と言っていて、悪い編集は壊れた浄水器のフィルターみたいだなと感じました。また郡山さんは「100人に伝えても100人全員に理解してもらえるわけではない」と言っていました。テレビなどを通した、一個人の考え方の根源が屈折した情報によるものだとしたら、それはかなりマズイことなんじゃないか?と思いました。雑菌だらけの水なんてだれも飲みたくないものです。北朝鮮の人たちはテレビが真実でないこともすべてでないことも知っているでしょう。でも日本人はすっかり信じきっています。騙されていると言っても過言ではないでしょう。とっても恐くなりました。一体誰が情報操作をしているのでしょうか。 今の世界は情報が溢れかえっています。テレビをつけても情報があるし、インターネットに接続して少しキーを叩くだけで、膨大な量の情報を、たやすく手に 入れることができます。でも、いくらどんな道を辿っても最後にたどり着く「真実」というのは、ひとつです。方程式の答えのようにいつだってひとつしかないのです。しかし、あらゆる情報は黒い水となって渦を巻いています。そのなかで本当にきれいな"水"を汲み取る術こそが、今の時代本当に"身につけるべきモノ"、なのではないか、とぼくは思います。でもやっかいなことにその術は今まで次々と変化してきましたし、これからも変化し続けるでしょう。重要なのは変化の波を受け入れることなんだと、今月のぼくはしみじみ思いました。 |
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