つい先頃、三番瀬で新種のゴカイ(海に住むミミズのような生き物)が発見されました。干潟といえば「潮干狩り」を思い浮かべますが、知らないことがいっぱい埋まっていそうです。
東京は30年ほど前、とても汚れていました。泡だった川、ヘドロ、悪臭のする汚水が海に注ぎ、工場などの排水もそのまま流されていました。当時は日本の高度成長の影で「公害」が問題になって毎日のように報道されていました。(※1)奇形の「オバケハゼ」の写
真は当時の東京湾の象徴でした。
現在は工場排水の規制が厳しくなり汚水処理場も整備されて東京湾はだんだんときれいになってきました。生き物の数も増えてきているようです。先日も多摩川に鮎が戻ってきた、という話題をテレビで見ました。
東京湾に生き物が帰ってきたのには人工の干潟が関係しているそうです。。干潟は潮が引いたときに現れる砂や泥の遠浅の浜です。海を浄化し、生き物を育てるという大切な役割をしていることが分かってきました。
干潟はもともと川が運んできた泥や砂が長い年月をかけて堆積したものです。川からの燐や窒素などの栄養分は豊富なプランクトンを育て、アサリなどの二枚貝やゴカイ、カニがそれらを食べます。そして貝やゴカイなどの小さな生き物は鳥たちに食べられるという食物連鎖がそこでは展開されています。潮の引いた干潟には砂ダンゴを作るチゴガニ、魚の死肉を食べるアラムシロガイなどよく見ると小さな生き物たちがたくさんいます。彼らは海の掃除をしているのです。中でもアサリやシオフキなどの二枚貝は東京湾内の窒素を一日で80〜320kgも取り込むという報告があるそうです。(アサリ1個が1時間で1リットルの海水を濾過するともいわれています。葛西臨海水族館ではアサリが水を浄化する実験を見ることができます。)
「アサリは何を食べているのですか?」ときどき質問する人がいますが、一言で言えば「海の水」です。皆さんも知っているように「海の水」はただの塩水ではありません。プランクトンや動物の死骸などの細かくなったもの8デトリタスと呼ばれる)がたっぷり入った栄養満点のスープです。多くの二枚貝は海水だけを体に取り込んで年輪のように外側に殻を作っていきます。
千葉ポートパークで採った砂出し中のアサリ(中)とバカガイ。
足を出して元気です。すごい砂の量です。このあと海に帰してやりました。
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採るときは採りやすい二枚貝ですが、意外と飼うのは難しいようで、殻の薄いシオフキやバカガイは砂抜きしようと塩水に入れて置いておくとすぐに弱ってしまいます。貝は飼わないで食べてしまいましょう。もちろん砂抜きはきれいな塩水(海水は約3%の塩水です)をおすすめします。
東京湾の干潟を埋め立てて出来た京葉工業地帯ですが、国土交通省では自然を再生させようとする「東京湾蘇生プロジェクト」という計画があるそうです。干潟を作り、アマモと呼ばれる藻を植えて水辺の自然を育てるのと同時に水の浄化を促そうというものです。自然の干潟と人工の干潟ではもちろん生物の種類の豊富さも、景色も違うことでしょう。でもコンクリートの護岸が砂浜や干潟に変わったらすばらしいことです。失ったものを再生するには時間も費用もかかり、かなりの努力が必要です。自然の保護はもちろん再生という考え方には新しい可能性が秘められています。千葉ポートパークや葛西臨海公園は人工の干潟です。実際に行かれた方、お気づきになりました?w
毎年これからの季節、東京湾に赤潮や青潮が発生し、漁業に大きな被害が出ます。海を守るために私たちに何が出来るでしょうか?東京湾の汚れの原因は家庭排水が7割、工場排水などが2割と言われています。少しでも排水に有害物質や栄養分が混ざらないように私たちのの生活を見直していかなければなりません。
私たちが安心して魚介類を食べるにはまずアサリに安全なデトリタスを食べてもらわなければいけません。千葉市では家庭排水は浄化して海に流しますが、だからといって何でも流していいわけではありません。海に放流するくらいまで水を浄化するには膨大な水とバクテリアが浄化センターの設備の中で働いているのです。
H15.7.南部浄化センター(※2)「下水道教室」で。
浄化槽の中にはバクテリアが有機物を分解するために入っています。
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きれいな海のイメージの館山市では川から海にそのまま流している地域がありました。それを知ってから我が家では無洗米を使うようになりました。米ぬかは意外と水を汚すのです。無理をすることはありませんが、千葉市は海辺の街です。海の近くに住んでいるからこそ家庭排水を身近な問題として考えて欲しいと思います。谷口ファミリーは今年も「こどもエコクラブ」(※3)に登録しました。みなさんもできることから始めてみましょう。
千葉県に「干潟町」があることに気が付きました。おお!外海にも干潟か?地図をよく見ると内陸の町だということが分かりました。干潟町は「ひがた」と読まずに「ひかた」と読むそうです。人工四千人余りの小さな町です。江戸時代初期、「椿海」を干拓して「干潟八万石」と呼ばれる広大な耕地を作りました。世界初の農民組織を指導した大原幽学が活躍した場所だそうです。
(※1)東京都環境局「東京の公害風景」
(※2)南部浄化センター
(※3)環境省 こどもエコクラブ
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