■ベトナム便り〜2005年2月〜
フエに住み始めたばかりの頃、泳げるか聞かれ、泳げると答えると、「フォン川を何往復できるか?」と聞かれることが何度かありました。濁った川面を前に「この川で泳ぐの?」と逆に質問する私に、「20年位前は、夏になるとみんな川で泳いでた。」と昔を懐かしむ答えが返ってきました。今のフォン川は、水上生活者の子ども以外、誰も泳ごうとしないほど、年々、汚染が進んでいるのです。
一緒に見ていた子どもたちは、「なに驚いてるんだ?」といった顔をしていたので、日常茶飯事の光景なのかもしれませんが、「これでは、子どもが伝染病にかかったり、お腹をこわしたりするのは無理ないな。」と、私は頭を抱えてしまいました。 だからと言って、岸にトイレを作ることは容易ではありません。以前、地元の大学生がの水上生活者に公共トイレを寄付しましたが、洪水によって、すぐに使えなくなり、残骸だけがむなしく残されています。仮に、何らかの工夫をして公共トイレを作ったとしても、彼らが、便利な船上トイレの利用をやめるとは思えません。すぐ近くの川岸にある公共水道でさえ、十分に活用できていない状況なのです。
私は、水上生活者との対話を繰り返すことで、彼らが、川の水を「少々汚いものでも中和してくれる魔法の物体」と捉えているのではないかと思えてきました。だから、トイレとして、ゴミ箱として利用しても平気なのだと。正確に言えば、自分の行為が“少しは”川を汚していることは分かっている。でも、分かっていても、それらの行為をやめられない状況に置かれているのです。 そもそも「環境保護」という考えは、経済的に余裕のある人から生まれた発想です。その日暮らしで生きる貧しい水上生活者が、短期的な効果が見えにくい「環境保護」を優先した暮らしをするのは、無理な話なのです。そこでまずは、「環境保護」のためというよりは、自分や子どもの健康を守るため、川の水を「使わない」ことから始める必要があるように思います。自分や家族が、健康な生活を送ることができるようになれば、自然と、川の水を「汚さない」行為をする余裕が出てくるはずなので。水上生活者だけでなく、フエに暮らす全ての人々が、「いま、自分ができる“環境にやさしいこと”」を実行すれば、フォン川と水上生活者の暮らしはずっと良くなるでしょう。
これは“行事”と呼べないかもしれませんが、1月はベトナム人にとって、テトの準備で忙しい時期です。陽暦の正月(1月1日)はあまり重要でないようで、大晦日に花火大会や歌謡ショーが開かれる程度です。今年のテトは2月9日。一ヶ月以上前からベトナム人との会話にはテトの話題が登場します。「テトは日本に帰るの?」「日本は陽暦の正月を祝うから、テトはないんです。だから、フエにいます。」「そう!じゃあ、家に遊びに来てね。」この会話はすでに何十回と……。
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