■会留府のこと〜2002年7月〜

仲間の人達、児童書専門店連絡会=児書連の人達に会いました。(月に1回は集まります。)

もうカレンダーの話です。えっ!カレンダー、これは2003年の話です。特に外国版のカレンダーはもう注文を出さないと、いえ、これから発注するのは遅いくらいなのです。

確かにもう1年の半分が過ぎ、夏休みは目の前です。せいぜい3ヵ月位しか先のことしか頭に入ってこないのんびりやの私は予約の数を聞かれて“まだ会留府の頭の中には新年が入ってきていません!”と言ったら昨年も同じことを言ったと笑われてしまいました。

子どもの時間と歳老いてからの時間はゆっくり流れるとのことですが、「時」はどうもみんなに平等にあるものではないように感じます。一人のひとの生涯をみても平等に流れていくわけでもありません。

いま、「時」は慌ただしく目まぐるしくて、この頃は途方に暮れてしまうようなことが度々あります。だから、思い込み、思い違いも多く仕事のミスも多い、人の話をゆっくり聞くことも少なくなってしまったようで“これで良かったのかなぁ”と不燃焼感が残ることが時々あります。

そして、何よりもおもしろい本に浸ってしばしボーッとすることが少なくなり、次から次へと追われるように本を読む、そんな生活が続くようになりました。だから同じ本を何度も繰り返し読むことが少なくなってしまいました。

子どもは気に入った本を何度も繰り返し読みます。子どもが本を読むにあたっての大きな特徴です。そして、そんな本はその子どもにとって大切な宝物の一つになります。例えそれが他の人から見たらつまらないと思う様な本でも。

例をあげると『かいけつゾロリシリーズ』 私は正直いってこの本が嫌いです。その最大の理由はあの絵が嫌いなのです。あの絵は私には汚く思えるからです。色も汚く感じます。ただし、これは完全に私個人の好みの問題です。

私は本だけでなく日常の生活空間も着るもの食べるものなどもゴテゴテ、ゴチャゴチャしたものが好きではありません。絵は細かく描かれていればいるほど、描かれている線は出来るだけシンプルに、絵がたっている、たっていて見る人の感性に訴えてくる、そんな描き方がされている絵本が好きです。

ただし、この仕事をしていて自分でも前と少し変わったと思うことがあります。前にはこの嫌いなゾロリを認めたくなかった、この本を繰り返し読みたがる子どもも心のどこかで認めたくなかった。

今は、やはり私はゾロリは 嫌いだし自分から売りたいとは思わないけれど、もし、ある子どもが好きで繰り返し読みたがったら、それは認めたいと思えるようになりました。それが例え一年続いても黙って見ていられる、昔の私なら言ったかもしれない、“いいかげんそんな本でなくてもっと良い本を読みなさい”と。

それは「本を繰り返し読む」ということがとても大切なこと、特に子どもにとっては読書という行為の中で一番大切なことではないかと思うようになったからです。

子どもにとっては何を読むかということではなく、どう読むかということが大事なことだと思います。子ども達にあまりにも速く、たくさんのものを要求する生活は考え直しましょう。夏休みは親子にとって良いチャンスです。