■会留府のこと〜2002年4月〜

今年の春はあっという間に桜が咲いて、強風に煽られてあっという間に散ってしまいました。

家でも驚く程大きな木瓜の花がたくさん咲いて喜んでいたら、父が残していったサボテンまで蕾がつき桜と一緒に咲いてしまいました。

今年の新学期はどんな様子になるのでしょうか?春の嵐の中に私の周りは新しい生活で慌ただしさが増しています。学校は先生の採用が少し増えたうれしいニュースもありますが、他はどこもここも財政難とかで新規の採用はほとんどありません。また、4月はいつもと違う仕事が増えて私は少しバタバタします。

特に今年は教科書が変わるので国語教科書に取り上げられる作品リストを作ったり、その関連本のリストを作ったりしなければなりません。それも大急ぎで。そんなことしたって学校の割り当てが決まっている(千葉市はあらかじめ、どこの学校はどこの本屋と決まっていて、決められた本屋以外から学校図書館の本を買うことができません。)販路を広げることができるわけでもないのに、忙しいだけで無駄 と言われたこともありますが、私自身の興味もあって、大変ですがちょっぴり楽しい作業にもなります。

教科書に取り上げられる作品はなるべく原書を知って欲しいと思います。特に絵本は場面 も限られ絵も小さいのでつまらないのです。それに子ども達がとても関心をもって読む率が高いからです。幼なければ幼いほどその傾向は強くなります。

年令が高くなれば学ぶという場もチャンスも多様になってきますが、例えば、小学校にいく年令の子どもは、学ぶことのほとんどが学校です。日本の公教育がいきわたっている事実は確かだとおもいます。義務教育なので9年間はすべての子どもが等しく教育を受ける権利があります。

残念ながら いろいろと問題があり、この制度に対して批判も多く出ていますが、今の日本の状況でもしこの制度を外してしまったら、おとなの勝手で学べない子どもが増えることは確実です。ひと昔の日本ならいざしらず、教育を受ける権利からほど遠い子どもがでてくるのも確実だと思います。それも大量 に……。

千葉では今採用されている教育出版の国語の教科書の最後にアーノルド・ローベルの「ふたりはともだち」から『おてがみ』が出てきます。表題が違うために「ふたりはともだち」を知らないおとながたくさんいます。(ひどいのは知らない教師がいることです)本と橋渡しをしてくれるおとなが身近にいる子ども達はこのおはなしが大好きです。なんともほのぼのしたかえるくんとがまくん、冒険は何にもないけれど日常の等身大の自分が描かれているからです。

「ふたりはともだち」の本を知った子どもは機会があれば他のおはなしやローベルの他の本にも手をだします。“ぼく知っている”と言う子どもの得意そうな表情、あぁ、この子はきっと本の好きな子になる……と私も嬉しくなります。

どこもここも財源難とかで人件費を極端に押さえているのですが、どうぞ、子ども達のまわりには心豊かなおとなをたくさんおいてほしい、子どもはそんなおとなを信頼して成長していきます。これは決して贅沢なことではありません。なんといっても子どもは私達みんなの未来なのですから。