
| ■会留府のこと〜2001年7月〜 大阪の池田小学校の事件のニュースを東京へ仕入れに出かけた帰りの車の中で聞いた。 えっ!という感じ、何てむごい、一体どうしたのだろうと思った。そして加害者で逮捕された男が精神障害者だとか、薬物によるとかのマスコミの説明を聞いて(この理由は後で違っていることが分かった)すぐに何人かの人達の顔を思い浮かべた。 私は職業柄色々な子ども達の話を聞く事が多い。本屋だから変な話なのだけれど、子どもの事で悩んでいる親達は私みたいに利害関係もない、ただのおばさんには話やすいのではないかと思う。そのほとんどが学校がらみ教育がらみの話だ。(先日、この頃E-mail で読書相談を受けることが多くなったと言ったら“そんな全然儲からないことをしていてはダメだ”とある人に皮肉まじりに言われた。)といっても、どうやったら本好きにさせられるか、どんな本を選んだら良いのかというような話が大半なのだが……。 幼い子どもの場合は言葉が遅いに始まって、どんな本をどうやって与えたら良いか、どうやって読み聞かせをしたら良いかという相談が多い。両親で来店することもあったり、比較的穏やかに話を聞く事ができる。 ところが、小学校へ上がった子どもの話はもっと深刻だ。特に高学年にもなるとなかなか親も理解出来ずに戸惑って切羽詰まっているというような内容のこともある。 集中力がない、クラスの困り者と先生にいわれる、勉強ができない、そして、不登校、拒食症、神経症、鬱病と言われた等、何人かの顔を思い浮かべたというのは引きこもり不登校、拒食症、鬱病等といわれた親達がこの事件で息をつめて、子どもと家に閉じこもってしまうのではないかと思ったからだ。 それらの相談を受けるとき、私は専門医ではないから教育相談所や病院へ行くことを勧めるが、行っているにも関わらず誰かに聞いて欲しいと悩んでいる人が多い。 ただウンウンと聞くしか私には方法がないのだが、そんな時、今の社会の許容力のなさをつくづく考えてしまう。ほんとに肝っ玉 かあさん、肝っ玉おやじ、肝っ玉おとながいなくなった。 小学校に入ると残念ながら、これも先生に言われるケースが多いのだが、親は子どもができないということを数え上げるようになる。友達と協調性がない、勉強ができない、集中力がない、表現力がない、そして、学習障害児、注意欠陥多動性障害児といわれ学校からスポイルされてしまう。 “お母さんの育て方が悪い”“愛情のかけ方が不足しています”子どもができない理由は、問題があるのは母親が原因であると言われて、すっかり鬱病になってしまった人もいる。 マスコミを通してだが、父親のインタビューの話を聞くと、この事件の加害者の男も幼い時からできないことを数え上げられて育てられたようだ。自分の縄張りに対して強いこだわりを持っている男という性が暴力的になったとしか思えない。そして、自分の思うようにならないと全て捨ててしまう、親も子も。 そういえばある母親に“私の子どもは本読みますがどのくらい内容を汲み取っているのか”と言われてビックリしたのが12〜13年前のこと、いまはそんな言葉を聞かされてもあまり驚かなくなった。それくらい良く聞く話になつてしまった。やはり世の中は変わってしまった。 |