
| ■会留府のこと〜2000年12月〜 子どもの本は、本があって、読み手がいて、それだけでなく橋渡しをする人が大きな比重を占めることは、大人は意外と理解できていないように思います。 大人の手が必要というのは、現実的に子ども自身の目に見える部分の身体的状況とか、生活状況などは(食べることや排尿などの。)分かりやすいのですが、目に見えない部分、精神的な部分は分かりにくいからです。 目に見える部分では最低でも保証しなければと思います。それは、保証しなければ子どもは死んでしまうからです。 けれども、目に見えない部分は良く分からない、自分にとってはさほど大切な部分でないと思っている、大人は分かっているつもりでも、本当に大切だとは思わない。そして、大人だけでなく、子ども自身にだって分かりにくい部分なのです。 本の匂いのない中で育った子どもは“本を読んで”とは言いません。親が子どもに本を読んでやることが一度もないという生活の中からは、目に見えないものを信ずる力は湧いてこないと思います。目に見えないものが〜未来はそうです〜信じられなくて、人は本当に生きていけるものでしょうか? ところで、何故本屋という場を選択したかと問われると答えに窮します。しかも何故、子どもの本の本屋だったのか?司書でも教師でも良かったのではないか?理由は幾つかあります。 例えば、たまたま勤めていた出版社が解散してしまったから。 例えば、学校が嫌いだったから。 例えば、司書になるには年齢がオーバーしていて試験が受けられなかったから……etc。 ある人は、自分が本屋を始めるのに「猫でも抱いて日がな一日好きな本に囲まれて生活できると思った。」というようなことを書いていましたが(当然そんな生活は出来る訳もなく、本屋をやめてしまいましたが。)そこまでではなくとも、それに近いことを思っていたことも事実で、途中、とんでもなく大変なことを始めてしまったということに気が付いたのですが、後の祭り。 それでも続けているのは、私にとって本を読むことは生きていくことの一部であり、その世界を知らない子どもが気になるからです。 そして、なによりも絵本を含めて、いわゆる子どもの本が大好きだからです。『本を読まなくても生きていける。他にスポーツでも何でも、何か好きなものがあったらいい。』確かにそうです。 でも、私は子どもたちに本を読むことを、読書が好きになるように橋渡しをしたいと思います。これは、あくまで私の思い込みであり、私の勝手な考えなのですが、これからも出来るだけ会留府を続けていきたいと思っています。 |